架空戦記
まだ漢王朝で消耗してるの?

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

何で武田晴信は長尾景虎との対決を避け続けたの?

この記事の所要時間: 248




真田丸02(武田信玄)

 

武田晴信(たけだはるのぶ)は北信濃最大の豪族である村上氏の本拠地陥落に成功します。

しかし村上氏は本拠地から逃れて長尾家へ逃亡し、

長尾家当主である長尾景虎(ながおかげとら)に北信濃のへ出兵して欲しいと懇願します。

この懇願を聞いた景虎は軍勢を率いて北信濃へ向けて出陣を行います。

晴信は景虎との直接対決を避け続けていたそうですが、

彼はなぜ景虎との戦いを避け続けていたのでしょうか。

川中島前半における晴信の挙動をおってみたいと思います。

 

関連記事:暴走しているオヤジを追放して当主に就任した武田晴信(たけだはるのぶ)

関連記事:これぞジパングの国!武田信玄の金山採掘法と採掘された金の使いみちが気になる!




長尾景虎動く

上杉 謙信 wiki

(画像引用元:上杉 謙信 wikipedia)

 

長尾景虎は村上義清(むらかみよしきよ)の要請を受けて越後(えちご)を出陣して、

北信濃へ向かいます。

この時晴信も越後勢を迎撃するべく出陣しておりますが、景虎との直接対決を行うことを

しないで信濃の領内防衛に努めておりました。

景虎は晴信が出てこない為、北信濃の武田方の豪族達の居城を攻撃して陥落。

景虎はその後も北信濃で暴れまわることと数十日、晴信が出てこない為越後へ帰還します。

晴信は越後勢が帰還したことをするとすぐに出陣して、攻略された領土を奪い返すことに成功

しております。

こうして武田・長尾の領有対決は見送られることになり、

第一回川中島の戦いは終結することになります。




晴信の逆襲

炎 s

 

晴信は景虎と直接対決することはしませんでしたが、調略によって逆襲を図ります。

彼は越後の豪族である北条(きたじょう)景広(かげひろ)へ調略を行い、

影虎に反乱を起こすように仕向けます。

この調略は成功し、景広は影虎に叛旗を翻すことになります。

景虎は北条景広が反乱を起こしたことを知ると急いで反乱軍を鎮定。

そして晴信は景広を降伏させたことでこの反乱は幕を閉じることになるのですが、

この時景虎は景広に「なぜ反乱を起こしたのか」と問いただします。

すると景広は「甲斐の武田家から援軍が来る予定でしたが、奴らわしらを見捨てたのです。」と

怒りをあらわにして訴えます。

このことを知った景虎は晴信へ強い怒りを覚えることになります。

 

第二次川中島の戦い勃発

炎 s

 

景虎は景広をそそのかした武田家に強い怒りを覚え、再び北信濃へ向けて出陣。

晴信は景虎が再び信濃へ出陣したことを知ると北信濃の豪族で善光寺別当(ぜんこうじべっとう)で

ある栗田氏を善光寺近くの旭山城(あさひやまじょう)に入城させ、

景虎軍からの防衛をさせます。

また晴信も自ら軍勢を率いて北信濃へ向けて出陣。

そして旭山城に対抗して葛山城を構築して長期戦の構えを見せます。

こうして第二次川中島の戦いが勃発することになります。

しかしこの戦いでも晴信は終始越後勢との決戦を行うことをしないで防衛に努めます。

両軍の対立は4月に始まったのですが、7月になっても決着を見ることはありませんでした。

そのため晴信は同盟していた今川家に要請を出して和睦の仲介に立ってもらうように

お願いします。

今川義元は晴信の要請を受けて武田・長尾両者の和睦の仲立ちに立つことにします。

こうして両者は今川義元の仲介によって和睦が成立したことがきっかけで、

撤退することになります。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

晴信はなぜ景虎へ決戦を挑まなかったのでしょうか。

その原因は決戦を行ったことによって起きる人的損害と敗北時の影響を考えてのことです。

晴信と景虎が一大決戦を行った場合、勝ったとしても人的損害は計り知れないほどのダメージを

受けて国力は低下することになるのでしょう。

また敗北してしまった場合、せっかく苦労して手に入れた信濃全域に及ぶ影響は計り知れず、

もしかしたら信濃の大半を失う事になるかもしれません。

このようなことを考えた晴信は長尾家と一大決戦をすることを避けて、

駆け引きに終始することで結果的に勝利に持っていくことを考えていたのではないかと

思います。

 

参考文献 信玄の戦略 中公新書 柴辻俊六著など

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:え?武田勝頼って武田家二代目代理なの!?

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【蜀軍キラー】劉備・孔明を恐れさせた張郃の対蜀戦での戦歴
  2. 後藤又兵衛(後藤基次)はどんな最期を遂げるの?
  3. 【センゴク】鳥取城の飢え殺しはどんな戦略だったの?兵士の死亡率を…
  4. 【驚愕の事実】三国志ではなく五国志だった!士燮(ししょう)勢力の…
  5. 【センゴク】戦国時代を揺るがす本能寺の変。秀吉はこの事件のせいで…
  6. 取次制度って何?違った角度から戦国時代を見てみよう!
  7. 豊臣秀吉亡き後の天才軍師・黒田官兵衛の決断
  8. 【囚われた二人の友情】匈奴に囚われた李陵と蘇武の熱き友情

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?
  2. はじめての三国志 4コマ劇場 「合肥の戦い」
  3. 孫権はなぜ孫策の子息を冷遇したの?それは孫権が袁術を愛していたから?
  4. 三国志時代の楽しい農村!当時の農業とはどんなのがあったの?
  5. 意外に似ている曹操とナポレオン、英雄対比してみた
  6. 実は鐘会はマザコンだった!人生を狂わせた母の愛

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

架空戦記の走り? 『反三国志演義』を知っていますか? 【官渡決戦間近】曹操軍の陣中で慎重論と積極論を進言をしていた代表者達 曹操の迅速な機動力VS劉備の逃げ足の速さ 蜀と孔明を最大限称えよ!三国志演義 孔明の死後から三国志の統一までをザックリ紹介 キングダム 525話 ネタバレ予想:朱海を翔ぶ鳳凰 109話:曹丕が献帝を廃し魏を建国 【袁家ファン必見】袁家はどうやって名門になったの?汝南袁氏の基礎を築いた袁安(えんあん)が超苦労人だった

おすすめ記事

  1. 曹操の曽祖父 曹萌(そうぼう)は元祖、萌えキャラだった?
  2. 何で劉備は劉表からの荊州譲渡を断ったの?第6感で決断した劉備の意図とは?
  3. 馬援(ばえん)とはどんな人?趙の三大天の一人趙奢を先祖に持ち子孫に馬超
  4. 王翦(おうせん)とはどんな人?キングダムでは謎多き将軍だが史実では秦の天下統一に貢献した人物
  5. 【はじめての孫子】第7回:凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。
  6. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース16記事【9/5〜9/11】
  7. もし龐統が落鳳坡で亡くならなければ蜀はどうなった?
  8. 全員主役級!三国志を日本で映画化するならキャスティングはこれだ!

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP