朝まで三国志軍師
まだ漢王朝で消耗してるの?




はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

これぞジパングの国!武田信玄の金山採掘法と採掘された金の使いみちが気になる!

この記事の所要時間: 246




真田丸02(武田信玄)

 

甲斐の虎と言われた武田信玄。

彼は領地を拡大するときに必ずと言っていいほど調略を施して武田側に着く

諸豪族を増やしてから戦を行って勝利を得ております。

信玄の調略は領土の加増や領土保全を約束して味方に誘う方式をとっており、

他にも武田で産出された金を使って武将を寝返らせる方法をとっておりました。

当時の武田家は金山をたくさん保有しており、ガツガツ掘っていっぱい金を産出している状態で、

ゴールドラッシュと言っていい状態でした。

今回はこのゴールドラッシュ状態の武田家をご紹介していきたいと思います。

 

関連記事:暴走しているオヤジを追放して当主に就任した武田晴信(たけだはるのぶ)

関連記事:山本勘助(やまもとかんすけ)は実在したの?今まで架空の人物だとされていた勘助の謎




甲斐・武田家に存在していた金山とは

金 f

 

甲斐武田家が金山開発を行ったのは信玄の父である信虎(のぶとら)からです。

しかし信虎の時代はまだ金山発掘の技術が発達していなかったため

あまり金を採掘することができませんでした。

本格的に金山開発を始めたのは信玄の時代からで、

当時の甲斐・武田家には多くの金山がありました。

代表的なものでも9個も金山を保有しており、多くの金を産出しておりました。




武田家の金山採掘法とは

金 f

 

武田家は多くの金山を保有しておりましたが、

ただ保有しているだけでは金を生むことはできません。

金を採掘するには金山に入って採掘しなくてはなりません。

武田家では金山を掘る特別部隊が編成され、金堀衆と呼ばれておりました。

彼は金山に入ると山を掘りながら金を採掘してもって帰ってきます。

その後金山衆が持ち帰ってきた金を灰吹金といわれる精錬法をもって碁石のような金にして

流通させていたそうです。

この金山衆達が持ち帰ってきた金を製造した碁石のような金を甲州金と言われるようになります。

ついでにこの金は純金度が非常に高く、

秀吉が天下統一後に製造した天正小判と言われるものよりも純度のいい金だったそうです。

 

 

採掘された金は一体何に使っていたの

寺 f

 

こうして採掘して製造された金は一体何に使っていたのでしょうか。

多くは武田家が中央政府(主に幕府や朝廷)に対して献上するための金として用いていたようです。

また領土内に点在している寺社等に寄進するために使っていたようです。

このように朝廷や幕府、寺社等に寄進することにでいざって時に協力するように

要請することができます。

また幕府や朝廷には官位や戦の和睦等の仲介役として要請することもできたでしょう。

このような用途のほかに武田家が武将や諸豪族を味方に引き入れるときにも

使われていたのでしょう。

さらに戦国時代に到来した新兵器である鉄砲の購入にも非常に役に立っています。

鉄砲は当時非常に高価で鉄砲だけでもとんでもない金額でした。

そして鉄砲を発射する玉薬などは日本で生産することはほとんど不可能であったこと

(北陸地方の本願寺の門徒宗は奇跡的に鉄砲の弾薬を自前で生産することができていた)

が原因で、海外から輸入するしかなく鉄砲本体よりも高く、とんでもない値段がつけられます。

しかしゴールドラッシュに突入していた武田家は甲州金などで楽々と買うことができたそうです。

これらの他にも刀や槍、馬などを購入する際にも買っており貨幣経済が正式に成立していない

戦国時代でも武田が生産した金は非常に効果的な役割を果たしており、

武田家の経済を支えておりました。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

信玄時代にはゴールドラッシュと言っていいほどの金が産出されていたので、

金に困ることなくいろいろなところに多くの金をばら撒いておりました。

しかし信玄の死後、武田勝頼(たけだかつより)の時代になると一気に生産量が低下。

そのため勝頼は経済面でも非常に苦労しなくてはならない状態になってしまいます。

「今回の日本史のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

参考文献 信玄の戦略 柴辻俊六著など

 

関連記事:黒田官兵衛の肖像画で頭巾を付けている理由がわかる!天才軍師・官兵衛の地獄からの生還

関連記事:黒田官兵衛の奇抜な献策と備中高松城攻防戦の水攻めがスゴイ!

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 三国最強であった魏はなぜ滅びることになったの?【曹操編】
  2. 大阪冬の陣では後藤又兵衛はどんな活躍をしたの?
  3. 戦下手の夏侯惇が大活躍!運が味方した陽平関の戦いってどんな戦いな…
  4. 始皇帝死後、秦は滅亡せず三代目まで続いてたってホント?
  5. 軍略にも才能を発揮した蒋済(しょうさい)の進言集
  6. 孫堅(そんけん)ってどんな人?「江東の虎」と群雄達から恐れられた…
  7. 項羽に勝ったのはこれだ!項羽に勝つことができた劉邦自らの自己評価…
  8. 杜襲(としゅう)とはどんな人?曹魏三代で活躍した文官を知って三国…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【蜀の運命を決めた人物】呉の大都督となった阿蒙ちゃんの決断が歴史を変えた!?
  2. 【袁術の戦いを振り返る】徐州・豫州の戦いには人間ドラマが盛り沢山
  3. 【李傕・郭汜祭り 4日目】献帝帰還の功労者の惨めな最期 張済(ちょうさい)
  4. はじめての三国志企画 – エイプリルフール特集
  5. 衝撃の事実!呂不韋は始皇帝の父だった?諸子百家のいいとこ取りの雑家
  6. 楽天koboにて『#君主論』の販売を開始しました。

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【三国志時代の正月風景】英雄達も正月くらいはのんびりしていたの? 曹操の後継者問題で判断に迷ったのは儒教と文学に原因があった? 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第2部 アンゴルモア 元寇合戦記ネタバレ 第29話 高麗がモンゴルと組んだ理由 三国志時代の笑い話は腹がよじれるほどシュールだった!? オルド将軍は実在するの?やっぱり最期は龐煖にバッサリ? とっても皇帝になりたかった袁術 季布(きふ)とはどんな人?一度承諾した約束は絶対に破らない事で天下に名を轟かせた名将【後半】

おすすめ記事

  1. 誰かに話したくなる!自由すぎ、フリースタイルな三国志の武将達8選
  2. 【キングダム羌瘣】超絶かわいい暗殺者の新たな夢ってなに?羌瘣の魅力に迫る!
  3. 【さんすま】三国大戦スマッシュ! 第2回 三国志マニアも喜ぶ豊富なキャラ!
  4. 【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情
  5. 「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!
  6. 【取り扱い注意!!】はじさんの中の人、kawausoがリアルに登場
  7. 【シミルボン】拝啓 我が息子瞻へ・・諸葛亮息子への手紙
  8. 獬豸冠(かいちかん)って何?とんがり帽子は正義のしるし!司法官がかぶったイカす冠

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP