広告募集
ビジネス

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

【囚われた二人の友情】匈奴に囚われた李陵と蘇武の熱き友情

この記事の所要時間: 342




 

李陵と蘇武は漢の武帝の時代に生まれ、共に漢の武帝に仕えることになります。

ふたりは同期だったこともあり互いに色々な話をしていく内に仲良くなっていきます。

そんな中、李陵(りりょう)は漢の武帝の命令で匈奴軍と戦うことになりますが、

匈奴の捕虜となってしまいます。

そして李陵の友達である蘇武(そぶ)も武帝の使いとして匈奴へ向かいますが、

使節としての役目を果たすことができずに彼も捕らえられてしまいます。

二人は匈奴に囚われの身となり、故郷である漢へ帰ることはできませんでした。

漢へ帰国することもできないまま数十年が過ぎると、李陵は匈奴の軍人として生きる道を選び、

蘇武は匈奴に降伏することを拒否し続け、

酷寒の地で漢の皇帝からもらった使節の証を大事に抱えて生きておりました。

そんなふたりですがあることが契機で運命が大きく変わることになります。

 

キングダムファン向け:キングダムに関する全記事一覧

関連記事:【徹底分析】キングダムを書いた原泰久はココが凄い!原先生の意外な側面10連発




武帝が死んでも驚かない

 

李陵と蘇武はほとんど同時期に匈奴に捕らえられてしまいます。

そして李陵は匈奴軍の王として優遇され、数万騎を率いる将軍クラスへ出世。

蘇武は匈奴の王がいくら勧めても降伏しないため酷寒の地へ流されてしまいますが、

彼はこの地で狩りをしながらたくましく生きていきます。

そんな中、匈奴に漢からの使者がやってきます。

この使者から李陵は武帝が亡くなったことを知らされます。

このことを知った李陵は少し驚きますが、

匈奴の人間として生きている以上あまり関心を持つことをしませんでした。




大いに嘆き悲しむ

 

李陵は武帝が亡くなったことを蘇武へ伝えるため、

匈奴の王から許しを得て蘇武の下へ向かいます。

そして彼は蘇武に「武帝が亡くなったそうだ」と伝えると、

蘇武は血を吐きながら大きな鳴き声を挙げて悲しみに打ちひしがれます。

李陵は蘇武が匈奴に囚われてから既に10年以上の年月が過ぎているにも関わらず、

漢の武帝が亡くなったことに対して悲しんでいる姿を見て蘇武の忠誠心の高さに驚きます。

蘇武はこうして丸一日悲しみに明け暮れた後、

李陵が持ってきた酒を共に飲んで思い出話に花を咲かせるのでした。

 

漢へ帰国することが決まる

 

漢の武帝の死後霍光が丞相に就任し匈奴と和睦が決まります。

漢は匈奴との和睦が成立すると蘇武を返還して欲しいと要請しますが、

匈奴は最初この要請を拒否します。

しかし漢は匈奴で蘇武が生きていることを知っていたので、匈奴に再度蘇武の返還を要請。

匈奴の王は漢の使者が蘇武が生きていることを知っていることに驚き、

蘇武の返還要請に応じます。

こうして蘇武は漢に帰国することが決定します。

 

蘇武と李陵の別れの歌

photo credit: A dreamy pair via photopin (license)

 

蘇武はこうして酷寒の地で過ごすこと十年数年が経過しておりましたが、

漢へ帰ることが決まり、匈奴の首都へ出向いて漢の使者と帰国日を調整。

漢の使者と蘇武は帰国する日が決まったことを匈奴の王へ報告した際、

匈奴の王から「帰国の宴会を行おうではないか」と漢の使者と蘇武へ提案します。

漢の使者と蘇武はこの提案を受けいれて宴会へ参加することを表明。

李陵は匈奴の王から「蘇武の送別会を開くから必ず参加せよ」と命令を受けます。

そして数日後、匈奴の宮殿で蘇武の別れの会が開かれます。

この席で李陵は、多くを蘇武に語ることをせずに別れの歌を蘇武に捧げます。

李陵は蘇武へ「君の功績と名声は過去の人物を超えており、

武帝が老母を殺すことをしなければ、私は匈奴王を殺害して漢へ帰国したことでしょう。

だが武帝は老母を殺し、妻を殺し、子を殺しておりどうしようもありません。

私の思いを君にだけは知っておいてもらいたかった。

今日からは互いに別の道を歩んでいくことになるからこれが永遠の別れとなるだろう」と

歌い上げます。

蘇武はこの歌を聞いて涙を静かに流し、李陵も自分の思いの丈をぶちまけたこの歌を歌いながら、

涙を静かに流したそうです。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

李陵と蘇武はこの宴を最後に永遠の別れとなってしまいます。

李陵はその後数十年匈奴の地で暮らしますが、亡くなってしまいます。

享年60歳だったそうです。

また蘇武は漢へ帰国後今までの苦労が皇帝に認められて、

侯の位を授かり80歳あまりで亡くなってしまいます。

匈奴で暮らすこと数十年。

ふたりは匈奴で楽しく暮らしていたわけではありません。

しかし多くの言葉を語らなくても同じ境遇で過ごしたわけですから、

友情よりも固い絆で結ばれていたのではないかと考えますが、皆様はどう思いますか。

 

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:びっくりするような遅咲き!天下の賢者 太公望

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 春秋時代を代表する名君・荘王にも面白い話があった!
  2. 簫何(しょうか)とはどんな人?内政なら私にお任せ!影で劉邦を支え…
  3. 蜀を制圧したばかりの劉備軍をまとめるために孔明が打ち出した二つの…
  4. 【呉の猛将・太史慈】相手の隙をついて包囲網を突破:意外と知らない…
  5. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第23話「盗賊は二度仏を盗…
  6. 秀吉&官兵衛、大助かり、湿地帯の高松城は簡単に水攻めできた?
  7. 【センゴク】織田信長の宿敵・朝倉義景はどうやって撃破されたの?
  8. 孔明と一緒に蜀の政権を支えた熟考型の人材ってどんな人?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【孔明涙目】パイセンの命令は絶対!『劉備軍』が想像以上に体育会系だった
  2. 夏侯惇は本当に自分の目玉を食べたの?
  3. 【占いで見る三国志】曹魏が倒れることが曹叡の時代に予言されていたってホント!?
  4. 【シミルボン】真面目そうな夏侯惇がやってしまったロックな行動の理由とは
  5. 【シミルボン】拝啓 我が息子瞻へ・・諸葛亮息子への手紙
  6. 【お知らせ】ソウルフルボイス vs 怪人 初の対決!

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第七話「検地がやってきた」の見どころ紹介 【第5回 幻霊物語~爆裂三国バトル~】総括します!愛着の湧く三国志ゲームでした 天地を喰らうという漫画があまりにもカオス!裏三国志入門書 Part 1 【李傕・郭汜祭り 2日目】凶暴さでは李傕に劣らない郭汜のバイオレンスライフ 秦の始皇帝が造り出した伝国の玉璽 【センゴク】西の覇者毛利水軍vs織田水軍の戦い「木津川口の戦い」 韓遂の処世術が現代人にも参考になる!いつでもナンバー2!キングメーカー韓遂 後漢末の貨幣経済を破綻させた、董卓の五銖銭(ごしゅせん)

おすすめ記事

  1. 趙雲(ちょううん)ってどんな人?蜀の五虎将軍の中で寿命を全うした猛将
  2. 島津家久(しまづいえひさ)とはどんな人?最大の戦果を挙げ続けた島津四兄弟の闘将
  3. 【キングダムに描かれない】秦の時代の貧困のリアルを追ってみる
  4. 曹彰(そうしょう)が曹操の後継者に選ばれる確率を求めてみた
  5. 藺相如(りんしょうじょ)とはどんな人?三大天の一人!趙の名宰相であり廉頗のかけがえのない親友(1/3)
  6. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十一話「さらば愛しき人よ」の見どころ紹介
  7. 三国志の時代にドリンクバーが存在した?三国志時代の飲み物について
  8. 姫様ってあだ名を付けられた戦国大名が存在した!?

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP