春秋戦国時代

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

領土割譲という大事件、三国成立は魯粛の目論見?

この記事の所要時間: 236




 

古代から人間は「何のため」に戦争をしたのでしょうか。

それは今も昔も変わりません。領土を得、資源を得るためです。

現代においても他国との領土問題はまったく解決されません。

日本でも尖閣諸島や竹島、北方領土問題はまるで解決の糸口が見えない状態です。

三国志の時代はどうだったのでしょうか。

今回は歴史的な領土割譲について触れていきます。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:姜維は北伐の失敗で衛将軍に降格したのに何で大将軍に復帰出来たの?【前半】




荊州三国志

 

荊州は中国の臍です。東西南北、交通の要衝となっています。

歴代の中国を考察しても、内紛が発生すると必ずこの地が激突の場となっています。

三国志では、この荊州の地で最も有名な戦い「赤壁の戦い」が行われます。

曹操軍VS孫権・劉備同盟軍の激突です。

孫権・劉備同盟軍は見事に曹操軍の侵攻を食い止めます。

そのとき荊州の地は三分割されています。

北は南陽、新野、樊城、襄陽に至るまでが曹操の領土。

東の江夏、漢昌(後の呉昌)、南郡(江陵)が孫権の領土。

そして南の桂陽、零陵、長沙、武陵の四郡が劉備の領土となりました。

まさに三国志の象徴のような場所です。




益州を狙う両者→第一次荊州分割

 

さらなる領土拡大を目指す孫権と劉備。

その矛先は西の益州に向けられていました。

しかし劉備は北を孫権に押さえられており、西への進出ができません。

どうしても南郡が欲しい劉備は、自領の最北端にある油江口を公安と称して機会を待ちます。

孫権軍の周瑜はそれを見越しており、早々に益州への進軍の準備をしますが、病死します。

ここで世間を驚かす出来事がありました。

周瑜の後継者たる魯粛は、なんとこの重要拠点である南郡を劉備に貸し与えたのです。

それを聞いて曹操は手にしていた筆を落としたといいます。

魯粛はあの曹操すらも驚愕させる一手を打ったのです。

この妙手は、実は主君である孫権にも深くは理解されておらず、

後に孫権はこの政治的決断だけが魯粛の失策だったと述べています。

しかしこの一手によって曹操の天下統一の道は閉ざされ、三国志の時代を迎えることになるのです。

 

領土を貸すという驚くべき発案

 

お人よしで知られる魯粛ですが、せっかく手に入れた領土をそう簡単に明け渡すはずがありません。

領土は命であり、国の誇りなのです。それを得るために多くの命を犠牲にしています。

しかし、魯粛はこのままでは曹操にまた攻め込まれ滅ぼされるとわかっていました。

それに対抗するためには同盟者たる劉備に力をつけてもらう必要があったのです。

つまり益州を劉備に獲らせて、それまでは荊州は劉備に貸していたことにし、

争うことなく返してもらうという前代未聞の作戦でした。

三国志の将来を見透かした絶妙な魯粛の一手だったのです。

 

第二次荊州分割

 

やがて劉備は益州を征服します。

孫権は、益州を手に入れた劉備に荊州を返すよう、諸葛瑾を使者に出し催促します。

しかし劉備は「今度は涼州を手に入れたら荊州を返す」と言って約束を反故しました。

人徳者たる劉備にしても、一度手にした領土を明け渡すなどやはり無理な話だったのです。

もちろん孫権は怒り、呂蒙を出陣させて桂陽、零陵、長沙を攻め獲りました。

南郡の関羽も出陣し、三郡奪還に動きます。

ちょうどそのとき曹操が劉備の領土である漢中に攻め寄せたので、劉備は慌てて和睦交渉に乗り出しました。

そして洞庭湖の南北に流れる湘水の河を境界線としたのです。

これにより桂陽、長沙は孫権の領土となりました。

劉備の領土は零陵、武陵、南郡となったのです。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

第二次荊州分割の前に関羽と魯粛が互いの兵を百歩離れたところに布陣させて会見します。

後世、お芝居の演目となる「単刀会」または「単刀赴会」です。

三国志演義では関羽が堂々と乗り込み、その威を恐れた魯粛が逃げ帰るとされています。

正史では話がまるで逆です。

魯粛は今回の一件について劉備に大義がないことを叱責しました。

関羽は一言も言い返せなかったと伝わっています。正論だったのは魯粛の主張だったからです。

無論、劉備は容易に荊州を返さぬだろうとも考えていた魯粛でしたから、この割譲劇も予定通りだったのかもしれません。

そして魯粛の死後、残りの荊州の地も完全に孫権の領土となっていくのです。

三国志のシナリオを描いたのは、まさに魯粛だったのかもしれませんね。

 

みなさんはどうお考えですか。

 

■記事の内容に関するお問い合わせ(誤植等のご報告など)はこちら

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:天才魯粛の生涯!赤壁の勝利は魯粛無しにはあり得なかった?

関連記事:ひでえ!!孫権を騙して魏と戦わせた魯粛と周瑜が腹黒過ぎる

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 後漢末の貨幣経済を破綻させた、董卓の五銖銭(ごしゅせん)
  2. エリート袁術が逃げ込んだド田舎の揚州に住む異民族とはどんな民族だ…
  3. これはひどい・・関羽は深刻な方向音痴だった?迷走する関羽の千里行…
  4. 【三国志事件簿】名探偵コナンもお手上げ?二宮の変とは一体どんな事…
  5. 大奥も目じゃない?曹操の妻達の人生まとめ6選
  6. 実は、かなりの極悪人徐州牧の陶謙(とうけん)
  7. 【はじめての孫子】第6回:勝つために最も大切なことは智謀でも勇気…
  8. 華麗なる中華世界を彩る三国志の武器

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【マニアック向け三国志】捕まったことで運命の君主と出会った王朗(おうろう)
  2. 【真田丸】三谷幸喜ならやりかねない?実は生きていた真田信繁!!頴娃にある伝・真田墓に訪れてみた
  3. 大戦乱!!三国志バトルとはどんなゲーム?
  4. 【シミルボン】人間の発想怖過ぎる!血も凍る三国志時代の処刑方法
  5. 頭がキーン…頭痛に悩んだ曹操、三国志演義は医学的に正しかった?曹操の見た幻覚の原因は何だったの?
  6. 司馬懿が三国志演義に初登場するのはどのタイミングなの?

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

馬鈞(ばきん)とはどんな人?諸葛亮を凌駕する魏の天才発明家 え?まるでバカ殿?三国志時代の愛されメイクを紹介。どんな風にお化粧してたの? 曹操の妻はどんな人達だったの?13人を紹介 Part2 馬良(ばりょう)って何した人だっけ?意外な馬良の役割と任務に迫る! 袁紹本初(えんしょう・ほんしょ)とはどんな人?曹操の最大のライバル 【諸葛亮 vs 織田信長】戦争費用捻出法!あれやこれやの財源探し 【シミルボン】孔明も騙した?蜀に似合わないテキトー人間 何祇の人生 【諸葛孔明の兵法】魏を苦戦させた知られざる孔明のアメーバ戦術

おすすめ記事

  1. 激務をちょっと忘れられるホッと一息の「ユルめ記事」2016年総集編
  2. 三国志フェス2015に「はじめての三国志」のおとぼけも主演します!
  3. 韓当(かんとう)ってどんな人?程普と共に呉を支え続けた呉の勇将
  4. 衝撃の事実!赤兎馬の子孫が判明!?
  5. 【素朴な疑問】中国にも梅雨はあるの?霉雨になると関羽の古傷も傷んでいた!
  6. 58話:水鏡先生曰く、劉備に足りない人物って誰の事?
  7. 【後漢王朝はこうしてダメになった】外戚VS宦官の争いってどうして起きたの?
  8. 河了貂や媧燐もハマった?キングダムの時代の占いはテキトーで過激だった!

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP