十面埋伏の計とはどんな作戦?倉亭の戦いで程昱が発案した最強の伏兵


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ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志の戦略」のコーナーです。

 

今回の主役は曹操軍です。

西暦201年から202年にかけて袁紹と正面からぶつかった「倉亭の戦い」に注目します。

正史と三国志演義では描かれ方が違いますので、

今回はよりダイナミックに描かれた三国志演義を見てみましょう。

 

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再起をかけた袁紹軍

 

西暦200年に袁紹は曹操に「官渡の戦い」で大敗を喫します。

しかし袁紹はまだ約30万を超える兵力を有していました。

それに対して勝ちの勢いに乗っているとはいえ曹操軍は約3万といわれています。

圧倒的な兵力差です。

この両雄が黄河のほとり、倉亭で激突します。

有利な袁紹でしたが、官渡の戦いの敗北がトラウマになっており、

慎重に布陣し、じっくり戦う構えでした。

ここで一計を案じたのが軍師・程昱(ていいく)です。(荀攸の勧めもあったそうです)


日本では織田信長が仕掛けられた計略

 

西暦1563年、美濃の斉藤龍興を攻めた尾張の織田信長。

美濃のマムシと恐れられた斉藤道三は息子に反乱を起こされて既に亡く、

その跡を継いだ斉藤義龍も病死しており、道三の孫の斉藤龍興が新君主となった2年後のことです。

織田信長としては弱輩と侮っていましたが、斉藤龍興のもとには天才戦略家・竹中半兵衛がいました。

竹中半兵衛は一度織田信長の軍を通過させて、その後、四方八方から伏兵で攻めます。

織田信長は絶体絶命の危機に陥りましたが、ちょうど運よく斉藤龍興の城から火の手があがり、

敵陣に退却した陣があったために命からがら撤退することができました。

その計略こそが、倉亭の戦いで程昱が発案した「十面埋伏の計」というものです。

 

曹操を囮にする

 

曹操は兵力を分け、10部隊を埋伏させます。

そして残った本陣で袁紹軍に夜襲を仕掛けるのです。

攻めたのは曹操の旗本である許褚(きょちょ)です。

袁紹は5軍で許褚を迎撃します。たまらずに許褚は敗走しました。

曹操と合流し、逃亡しますが目前には黄河。まさに背水の陣です。

ここで曹操は兵を鼓舞して袁紹の5軍にぶつかります。

背に河があり退路を断たれている曹操の兵たちは死に物狂いで立ち向かいました。

ここで曹操が討ちとられていたら作戦は失敗、曹操軍は敗北です。

しかし許褚をはじめとする旗本たちが獅子奮迅の働きをし、袁紹は一度退くことを決断します。

これこそがまさに罠。袁紹はこの後、地獄を見ることになります。


十面埋伏の計

 

撤退する袁紹軍に左右5隊ずつに分けられた曹操の伏兵が順に襲い掛かります。

まずは夏侯淵、高覧の2隊です。

そこをなんとか斬り抜けると、次は楽進、于禁の2隊が襲い掛かります。

ここまでで袁紹軍は崩壊しかけていたことでしょう。皆、バラバラに退却するような状態です。

追い打ちをかけるように次に李典、徐晃の2隊が攻撃を仕掛けます。

おそらく袁紹の本陣(旗本)はまだこらえていたと思われます。

ここで次に張遼、張郃の2隊が襲い掛かり、旗本も守りを崩されます。

ようやく逃げ切ったと思ったところを最後に夏候惇、曹洪の2隊が襲撃します。

袁紹の30万の兵はほぼ壊滅しました。

袁紹の敗走に従った兵は1万に満たなかったといいます。

まさに恐るべき伏兵の罠です。


  

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

というのはあくまでも三国志演義のお話ですので、実際にそれが実行されたか定かではありません。

どちらにせよ、この倉亭の戦いに敗れた袁紹は病に伏し、西暦202年5月に亡くなりました。

天下に最も近づいた男が、寡兵の曹操に二度も大敗したのです。

河北を手に入れた曹操は飛躍的に大きな勢力となりました。

しかし、この十面埋伏の計のオールスターぶりは凄いですね。まさに破壊力満点です。

成功した暁には皆、渾身のガッツポーズしていたことでしょう。

 

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