編集長日記
北伐

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

十面埋伏の計とはどんな作戦?倉亭の戦いで程昱が発案した最強の伏兵

この記事の所要時間: 234




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志の戦略」のコーナーです。

 

今回の主役は曹操軍です。

西暦201年から202年にかけて袁紹と正面からぶつかった「倉亭の戦い」に注目します。

正史と三国志演義では描かれ方が違いますので、

今回はよりダイナミックに描かれた三国志演義を見てみましょう。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志ベストコンビネーション賞!感心・感動したコンビ10選




再起をかけた袁紹軍

 

西暦200年に袁紹は曹操に「官渡の戦い」で大敗を喫します。

しかし袁紹はまだ約30万を超える兵力を有していました。

それに対して勝ちの勢いに乗っているとはいえ曹操軍は約3万といわれています。

圧倒的な兵力差です。

この両雄が黄河のほとり、倉亭で激突します。

有利な袁紹でしたが、官渡の戦いの敗北がトラウマになっており、

慎重に布陣し、じっくり戦う構えでした。

ここで一計を案じたのが軍師・程昱(ていいく)です。(荀攸の勧めもあったそうです)




日本では織田信長が仕掛けられた計略

 

西暦1563年、美濃の斉藤龍興を攻めた尾張の織田信長。

美濃のマムシと恐れられた斉藤道三は息子に反乱を起こされて既に亡く、

その跡を継いだ斉藤義龍も病死しており、道三の孫の斉藤龍興が新君主となった2年後のことです。

織田信長としては弱輩と侮っていましたが、斉藤龍興のもとには天才戦略家・竹中半兵衛がいました。

竹中半兵衛は一度織田信長の軍を通過させて、その後、四方八方から伏兵で攻めます。

織田信長は絶体絶命の危機に陥りましたが、ちょうど運よく斉藤龍興の城から火の手があがり、

敵陣に退却した陣があったために命からがら撤退することができました。

その計略こそが、倉亭の戦いで程昱が発案した「十面埋伏の計」というものです。

 

曹操を囮にする

 

曹操は兵力を分け、10部隊を埋伏させます。

そして残った本陣で袁紹軍に夜襲を仕掛けるのです。

攻めたのは曹操の旗本である許褚(きょちょ)です。

袁紹は5軍で許褚を迎撃します。たまらずに許褚は敗走しました。

曹操と合流し、逃亡しますが目前には黄河。まさに背水の陣です。

ここで曹操は兵を鼓舞して袁紹の5軍にぶつかります。

背に河があり退路を断たれている曹操の兵たちは死に物狂いで立ち向かいました。

ここで曹操が討ちとられていたら作戦は失敗、曹操軍は敗北です。

しかし許褚をはじめとする旗本たちが獅子奮迅の働きをし、袁紹は一度退くことを決断します。

これこそがまさに罠。袁紹はこの後、地獄を見ることになります。

 

十面埋伏の計

 

撤退する袁紹軍に左右5隊ずつに分けられた曹操の伏兵が順に襲い掛かります。

まずは夏侯淵、高覧の2隊です。

そこをなんとか斬り抜けると、次は楽進、于禁の2隊が襲い掛かります。

ここまでで袁紹軍は崩壊しかけていたことでしょう。皆、バラバラに退却するような状態です。

追い打ちをかけるように次に李典、徐晃の2隊が攻撃を仕掛けます。

おそらく袁紹の本陣(旗本)はまだこらえていたと思われます。

ここで次に張遼、張郃の2隊が襲い掛かり、旗本も守りを崩されます。

ようやく逃げ切ったと思ったところを最後に夏候惇、曹洪の2隊が襲撃します。

袁紹の30万の兵はほぼ壊滅しました。

袁紹の敗走に従った兵は1万に満たなかったといいます。

まさに恐るべき伏兵の罠です。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

というのはあくまでも三国志演義のお話ですので、実際にそれが実行されたか定かではありません。

どちらにせよ、この倉亭の戦いに敗れた袁紹は病に伏し、西暦202年5月に亡くなりました。

天下に最も近づいた男が、寡兵の曹操に二度も大敗したのです。

河北を手に入れた曹操は飛躍的に大きな勢力となりました。

しかし、この十面埋伏の計のオールスターぶりは凄いですね。まさに破壊力満点です。

成功した暁には皆、渾身のガッツポーズしていたことでしょう。

 

はじめての三国志アンケートはこちら

関連記事:スーパーDr華佗が曹操に殺された意外な理由に涙・・

関連記事:曹操は郭嘉を後継者として考えていたのは本当なの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 王基(おうき)ってどんな人?軍事・政治で非凡な能力を見せた魏の武…
  2. 三国志って何?はじめての人向け
  3. 三国志の時代を震えさせる怨霊たち!特に呉には怨霊系の話が多い!
  4. 王昭儀列伝|曹操に最も寵愛された女性
  5. 劉勲(りゅうくん)とはどんな人?袁術病死の後継者は「泣く子を救う…
  6. 小覇王・孫策のお母さん「呉夫人」は偉大すぎた
  7. 「危うく抹殺されそうになりました、陳寿さんのおかげです」卑弥呼よ…
  8. 張翼(ちょうよく)ってどんな人?歴代丞相と共に北伐へ参加した蜀の…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 三国志補完計画・どちらが本当の三国志?正史と演義
  2. 人々の鑑になった良い宦官達
  3. 関羽に降伏した于禁は本当に臆病者だったの?
  4. 三国志のダブー・劉禅は本当に劉備の子だったの?
  5. 五分でわかる蜀の名将達の現代にまで残る名言・逸話【三国志逸話列伝】
  6. 【シミルボン】とっても面倒くさい!三国志の時代の髪の毛のお手入れ

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

武田信玄の最強の敵!?武田家を揺るがす大事件を勃発させた武田義信 KOEI 三國志の産みの親!襟川陽一はココが凄い!シブサワ・コウの意外な側面6連発 隗より始めよとはいったい何?最強の自薦方法だけど就職活動には使えない? 公孫度(こうそんたく)とはどんな人?幸運に恵まれ、遼東の王になった男【遼東三代記】 周倉(しゅうそう)と関羽はどんな関係だったの?三国志の上司と部下事情 色仕掛けだって立派な兵法、連環の計発動!! 【三国志の華佗を越える名医の名言】扁鵲が死人を生き返らせた時に用いた名言 劉邦や劉備も手本にした人物 「重耳」 とは?

おすすめ記事

  1. 【3分で分かる】光武帝・劉秀(りゅうしゅう)の華麗な生涯
  2. 袁術が天下を獲るためにみんなで考えよう【第3回】
  3. まるで現在の政治批判、商鞅の改革論がヤバすぎる
  4. 現代ビジネスマンの必携の書?兵法書『孫子』とその作者について
  5. 荊州の豪族・蔡瑁(さいぼう)はどこに行ってしまったの?正史と三国志演義で紹介!
  6. 【キングダムの登場人物の子孫達】東晋時代の王賁の子孫の政治手腕と軍事手腕がヤバイ!
  7. 三国志の有名武将のように私も歴史に名前を残したい!どうしたらいい?
  8. 【悲報】孔明の発明品で戦死した人物が実在した。鎧を過信した南朝宋の軍人・殷孝祖

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP