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夷陵の戦い




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執筆者:黒田廉

【センゴク】何で信長は比叡山焼き討ちをしたのか?

この記事の所要時間: 211




 

織田信長は南に進出してきた四国の三好(みよし)家を討伐するために出陣。

しかし本願寺(ほんがんじ)の挙兵したことがきっかけで、

戦況は硬直状態になってしまいます。

さらに北から浅井・朝倉連合軍が京都へむけて押し寄せてきたため、

信長は北から押し寄せてきた連合軍の迎撃に向かいます。

浅井・朝倉連合軍は信長がやってくることを知ると比叡山へ駐屯します。

信長はすぐに比叡山を包囲しますが、

浅井・朝倉連合軍とにらみ合いの状態になってしまい、

戦況を打開することができないまま冬を迎えることになってしまいます。

しかし信長は行動に出たおかげでこの状況を打開することになりますが、

一体どのようにして戦況を打開することになったのでしょうか。

そしてこの戦況を打開した彼は比叡山へ復讐を行うことになるのです。

 

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朝廷を動かす

 

信長は比叡山を包囲して3ヶ月ほど経つと焦ってイライラしておりました。

彼の生まれ故郷である尾張(おわり)では、

本願寺に煽動された一向一揆衆(いっこういっきしゅう)が長島(ながしま)で反乱を起こし、

いつ尾張へ攻め込んでくるかわからない状態でした。

また本拠地である美濃(みの)・岐阜(ぎふ)城にも帰還できず長く留守にしておりました。

信長はこの戦況を打開するために朝廷へ頭を下げて、

「浅井・朝倉連合軍と和睦をする仲介をしてくれませんか」と下手に出て要請。

朝廷は信長の要請を受け入れて、織田家と連合軍の和睦仲介へ動き出します。

信長はさらに将軍・足利義昭(あしかがよしあき)へ

「朝廷と一緒に和睦の仲介に協力してくれないでしょうか。」とこちらも下手に出て、

お願いします。

義昭も信長のお願いを聞き入れて和睦に向けて動き始めることにします。




浅井・朝倉連合軍・比叡山と和睦

 

浅井長政(あざいながまさ)と朝倉義景(あさくらよしかげ)は、

朝廷と将軍が彼らの陣営にやってきて「信長と和睦してくれない」と

お願いしたことがきっかけで信長の和睦に応じることにします。

しかしある勢力はこの和睦に反対することになります。

その勢力は比叡山(ひえいざん)です。

比叡山は信長の和睦を信用することができないとごねて朝廷と将軍へ

「信長と和睦するのであれば、天皇様からも和睦の書類を出してもらいたい」と要請。

朝廷と義昭はすぐに当時の天皇様から和睦に関する書類を出してもらったことで、

三者は信長との和睦に応じることになります。

こうして信長は浅井・朝倉連合軍・比叡山と和睦することに成功し、

危機を脱することになるのです。

 

復讐の時

 

信長は三者と和睦することに成功し岐阜へ帰還することになります。

信長は岐阜に帰還すると側近へ「比叡山の坊主どもめ。俺を苦しめた復讐をしてやる」と

怒りを込めて呟いたとか。

そして年が改まるとすぐに出陣します。

狙いは比叡山です。

彼は比叡山付近にある坂本の街へ攻撃を開始。

その後彼は比叡山を包囲すると諸将へ「比叡山に火をかけて、

この寺にいる老若男女を全て殺害するべし」と命令。

諸将はこの信長の命令に従って比叡山へ火をかけ、

ここに住んでいた僧や住民を片っ端から殺害してきます。

この比叡山焼き討ちで亡くなった住民や僧は数千人に上ったそうです。

 

戦国史ライターの独り言

 

信長はこうして最大の危機をなんとか突破することに成功しますが、

比叡山はその後どうなったのでしょうか。

比叡山は信長に焦土とされた後寺領を没収されることになります。

しかし信長の死後、天下をとった豊臣秀吉や徳川家康が再興して復活することになります。

さて信長の危機は去ったわけではなくまだまだ押し寄せてきます。

 

参考文献 中公新書 織田信長 脇田修著など

 

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関連記事:【戦国時代と三国時代の類似点】権力者に抵抗して戦い抜いた曹髦と織田信孝

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—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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