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孫権が張昭を呉の丞相に任命しなかったのはどうして?

この記事の所要時間: 436




 

張昭(ちょうしょう)

小覇王として有名な孫策(そんさく)・呉を建国した孫権(そんけん)

二代の君主に仕えた孫呉の古参政治家として知られる人物です。

張昭は古参の政治家でありながら、

孫呉政権のトップである丞相(じょうしょう)の位に就くことはできませんでした。

なぜ張昭は孫呉政権のトップである丞相の位に就任することができなかったのでしょうか。

今回はこの謎について迫ってみたいと思います。

 

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関連記事:曹操は周瑜も魏軍に取り込もうとしていた!孫呉の大都督・周瑜も欲しがった人材マニア




孫権ははじめての宰相を選ぶ

 

孫権は孫呉の領土をしっかりと統治するためある役職を制定することにします。

その役職とは政権のトップである丞相の位でした。

孫権は丞相の位にふさわしい人物を選ぶため、文武百官を呼んで会議を開くことにします。

この会議に呼ばれた文武百官は皆古参の政治家で重臣・張昭が、

孫呉初の丞相の位に選ばれるものだと思っておりました。

しかし孫権は彼らの期待を裏切って三国志の呉が好きな人でもほとんど知らない

マイナーな人物である孫邵(そんしょう)を丞相の位に任命。

こうして孫呉初の丞相の位にはマイナーな孫邵が就任することになりました。

孫邵は丞相の位に就任しますが丞相の位に就任してから数年後に亡くなってしまい、

新しい人物を丞相の位に任命しなくていけなくなります。




孫権が二代目・丞相に任命した人物とは!?

 

孫権は文武百官が集合すると二代目・丞相を決めるべく会議を開きます。

この会議に参加した文武百官は今度こそ張昭が丞相にふさわしいと考え、

孫権へ「張昭様を丞相にするべきではないのでしょうか。」と発言するのでした。

しかし孫権は張昭を丞相の位に任命することはなく、

違う人物を丞相の位に任命するのでした。

その人物の名は顧雍(こよう)でした。

張昭は再び丞相の位に就くことができませんでした。

 

孫権はなぜ初代丞相に張昭を就任させなかったのか!?

 

なぜ孫権は初代・二代目の丞相に張昭を選ばなかったのか。

実力・仕えている年数共に孫呉の文武百官が納得できたにも関わらずです。

孫権は初代丞相に張昭を任命しなかった理由をこのように述べておりました。

孫権は初代丞相を決める会議に参加した文武百官を納得させるため、

張昭を丞相の位に任命しなかった理由として

「現在国内外は非常に緊迫しており、

文武百官を取りまとめるのは責任重大である。

張昭を宰相にすれば、彼を優遇することになり文武百官から嫉妬される可能性があるため、

彼を宰相にしなかったのだ」と述べます。

この理由を額面通りに受け取っていいのか微妙ですが、

文武百官は一応納得して会議場から出て行ったそうです

二代目丞相には顧雍が就任することになりましたが、

この時、孫権が張昭を丞相の位に就任させなかった理由をご紹介しましょう。

 

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孫権はなぜ二代目・丞相に張昭を就任させなかったのか!?

 

孫権は孫呉の二代目・丞相に古参の政治家である張昭を任命するのではなく、

顧雍を二代目・丞相に就任させてしまいます。

孫権が張昭を二代目・丞相に任命しなかった理由としてこのように述べておりました。

孫権は文武百官へ「私は張昭殿に対して丞相の位を惜しんで、

就任させなかったわけではない。

張昭は性格が頑固であり孫呉政権のトップである丞相の位に就任すれば、

意見が通らなかった場合感情的なもつれになりそうだから、

彼を丞相の位に就任させなかったのである。」と述べます。

しかし上記二つが本当に張昭を丞相の位に就任させなかった理由なのでしょうか。

レンは孫権のこの言葉を疑問に持って、

張昭が丞相の位に就任できなかった理由を探ってみました。

 

孫権が張昭を丞相に任命しなかった理由が「江表伝」に記されていた!?

 

孫権が張昭を丞相に任命しなかった本当の理由は、

呉の皇帝になった時に孫権が漏らした一言にありました。

孫権は呉の皇帝に就任したとき文武百官を呼び集めて宴会を開きます。

この時孫権は文武百官達へ「俺が皇帝に就任できたのは周瑜(しゅうゆ)が赤壁の戦いで、

魏軍を徹底的に打ち破ったからだ。」と述べます。

張昭はこの孫権の言葉を聞いたとき、

自らも手を挙げて赤壁の戦いで活躍したことを述べようとした所、

孫権が張昭の発言を遮って語り始めます。

孫権は張昭へ「もし俺が張昭の策に従って行動していれば、

今頃俺は皇帝に就任することができずに曹操の一家臣として、

どこぞで働いていたことであろうよ。」と語ります。

張昭はこの孫権の言葉を聞いて額を床に押し付けて何も言えなかったそうです。

では赤壁の戦いのときに張昭は一体何を孫権に進言したのでしょうか。

それは孫権と曹操が赤壁の地で一大決戦を行う前の作戦会議の時。

張昭は孫権へ

「魏に降伏した方が天下のためになります。

どうか天下のために身を屈して曹操に降伏してくださいませ」と進言。

この張昭の進言は多くの文官に支持されますが、

曹操と戦うべしと述べた周瑜や魯粛(ろしゅく)らの開戦派に

押し切られてしまうことになってしまいます。

このことを孫権は会議の席で張昭に述べており、

孫権がかなり執念深い性格であったことが伺えるのではないのでしょうか。

そして孫権が張昭を孫呉政権のトップである丞相に任命しなかったのは、

周瑜や魯粛らの曹操と徹底抗戦する意見に反対していた張昭の意見を

赤壁の戦いが終わった後もずっと快く思っていなかったから、

張昭を丞相に任命しなかったと言えるのでしょう。

ついでにこの推測は孫呉のことが書かれている史書「江表伝(こうひょうでん)」に

記されております。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

赤壁の戦いが開戦する前に行われた作戦会議で述べた発言のせいで、

孫呉政権トップである丞相の位に就任することができなかった張昭。

ですが赤壁の戦いが始まる前の作戦会議で張昭が孫権に進言した内容は、

孫権が根に持つほど不快でダメな発言だったのでしょうか。

三国志注(さんごくしちゅう)を執筆した裴松之(はいしょうし)は張昭の発言に対して

「張昭が曹操を迎え入れるように進言したのは目先の利益を述べたのでなく、

将来のことを考えて述べた進言だったのではないのであろうか。

曹操が大義名分をおしたてて江南地方へ攻め寄せてきたのは、

天下統一を実現させるためであった。

もし張昭の意見を孫権が受け入れていれば中華は統一されることになり、

その後に続いた国家間通しの戦いで中華全体が疲弊することもなかったであろう。

張昭の進言は孫呉にとって利益ではなかったかもしれないが、

中華全体を考えればとんでもない恩恵を受けることになる進言であったであろう。

張昭が孫権のために曹操へ降伏するように進言したのは忠から出た進言であり、

正しいのもであったと私(裴松之)は思う。」と述べております。

レンも張昭の進言は孫呉政権にとっては大損害かつ不忠の進言であるかもしれません。

しかし裴松之が上記で述べているように孫権の事と中華全体の事を考えるのならば、

張昭の進言はかなり秀逸で時勢を読んだ進言であり、

孫呉政権でこの進言を当主に言える勇気は並大抵のものではないと思います。

このように勇気もあり時勢を見抜く目も備え、

孫権に対して忠誠心を持って進言することができることを考えれば、

張昭が孫呉政権のトップに就任させてもいいように思えるのは

レンの気のせいでしょうか。

はじめての三国志の読者の中には孫呉が大好きな方が大勢いらっしゃると思いますが、

どのようにお考えになりますか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志呉書1 今鷹真・井波律子著など

 

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関連記事:【呉最強説】孫権率いるレッドな政権孫呉軍団の弱点ってあるの?

関連記事:呉と倭は外交交渉をしていたの?日本を目指した衛温と諸葛直

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

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張遼、孟嘗君、張作霖など

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