宗預(そうよ)とはどんな人?孫権が涙を流して別れを告げた蜀の外交官


 

蜀と呉は長いあいだ同盟関係を続けて魏と対立してきました。

蜀は呉との関係が一度断ち切れたこともありいろいろな人物が呉へ派遣され、

友好関係を結んできました。

孫権は蜀から派遣されてきた人物の中で鄧芝(とうし)、

費禕(ひい)を一番気に入っておりました。

しかし孫権が蜀の外交官の中で気にいっていた人物は彼らだけでなく、

もう一人いた事をご存知でしょうか。

その人物の名は宗預(そうよ)と言います。

孫権は彼との別れ際に涙を流して惜しんだそうです。

 

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守備兵を増加させる

 

蜀は偉大なるスーパー丞相諸葛孔明を亡くしてしまいます。

呉は蜀の孔明が亡くなった事を知るとある事を懸念。

それは孔明が亡くなったことによって魏が蜀へ総攻撃を開始して、

この攻撃に蜀が耐え切ることができずに滅亡してしまうのではないかということです。

そこで呉は蜀との国境である巴丘(はきゅう)の守備兵を増加させることにします。

巴丘の守備兵を増加させた理由として魏が蜀へ総攻撃を行った際、

すぐに救援へ迎うことができるようにしたことです。

蜀は呉が国境の守備兵を増加させたことに危機感を抱き、

永安(えいあん)の守備兵を増加させて呉が攻撃を仕掛けてきてもいいように備えます。


はじめての呉へ

 

宗預は蜀の朝廷から「呉へ向かうように」との命令を受けます。

彼は命令を受けると呉に贈るものを準備した後、呉へ向けて出発。

呉の首都建業(けんぎょう)に到着すると孫権から厳しい質問を浴びる事になるのです。

 

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孫権から厳しい質問を受ける

 

孫権は蜀の使者・宗預が到着したと報告を受けるとすぐに彼を引見し、

「呉と蜀は互いに支え合う者同士であり、いわば家族同然である。

それにも関わらずどうして蜀は永安の守備兵を増加させたのか。

この理由をしっかりと聞かせてもらおうか」とキレ気味に質問されます。

すると彼は孫権へ蜀が永安の守備兵を増加させた理由について語り始めます。


「呉が守備兵を増やせば、こちらも守備兵を増やすものです」by宗預

 

宗預は孫権がキレ気味質問してきたことにちょっとイラっとしますが、

表情に出すことなくこのように述べます。

彼は孫権へ「孫呉が蜀との国境である巴丘の守備兵を増やしたのであれば、

蜀も永安の守備兵を増加しなくてはなりません。

これは国際情勢のせいであり、問いただす事のほどではないでしょう。」と淡々と述べます。

孫権は宗預の応答の見事さに爆笑し「そうりゃぁそうだ。」と述べた後、

彼を大いにもてなしたそうです。

60をいくつか過ぎた頃に再び孫呉へ

 

宗預はこうして蜀の外交を見事に果たして帰還。

その後蜀の内部で着々と昇進していくことになります。

彼が60歳をいくつか過ぎた頃再び孫呉へ使いに行くことになります。

孫権は宗預がやってくるとすぐに引見してたわいない話を数時間に渡って話します。

そして彼が蜀へ帰還する日、孫権は再び宗預を呼んで

「君は呉に幾度も使者としてやってきて我が国と蜀との友好関係を盤石なものにしてきた。

しかし君も老齢の身で私もじいさんになってしまった。

多分君と二度と会うことはあるまい。

体に気をつけて達者でな」と彼の手を握って涙を流して別れを惜しんだそうです。

宗預ももらい泣きして「陛下。私も老残の身で、何時亡くなってもおかしくありません。

陛下とは今生の別れとなると思いますが、御身を大切にしてください」と

言って別れたそうです。


  

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

宗預は孫権から涙を流して別れを惜しまれた人物ですが、

以外に頑固なところがある人物です。

最後に彼がいかに頑固な人物であったかを最後にご紹介して終わりたいと思います。

当時蜀では孔明の息子である諸葛噡(しょかつせん)が蜀の国政を預かっており、

蜀のレジェンド・廖化は宗預へ「諸葛噡に挨拶しに行こう」と誘います。

すると彼は「私たちは70を超えた老人で、位人臣を極めている。

そんな老人達が今更若者に会いに行ってどうするのかね」と述べ、

結局諸葛噡の元に会いにいくことをしなかったそうです。

宗預の頑固ぶりがうかがえるエピソードでした。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志蜀書 今鷹真・井波律子著など

 

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