三国時代の裏切り者といえば呂布です。しかし彼は、三国時代どころか中国史上、いえ、世界史上最も裏切りまくった人物かもしれません。
そんな裏切り者の呂布を毛嫌いする人も少なくないでしょう。でも、待ってください。彼だって最初から、根っからの裏切り者だったわけではないのです。
丁原に愛された呂布
呂布を最初に見出したのは丁原でした。丁原は武芸に秀でた勇猛果敢な人物ではありましたが、少し粗暴すぎるところがあり、政治にはあまり向かない人物でした。しかし、それでもなんとか并州刺史や騎都尉にまでのぼりつめます。
そんな折、呂布奉先と出会ったのです。丁原は自分にもどことなく似た呂布をかわいがり、『三国志演義』では呂布を養子にしていたとされています。
呂布も自らを可愛がってくれる丁原に対し恩義を感じ、それに報いようとひたむきに丁原に尽くしていました。そう、あのときまでは。
董卓に手を差し伸べた李粛
正史『三国志』に丁原が表立って董卓と対立する描写はありませんが、『三国志演義』では、帝を廃したり新しく立てたりとほしいままに振る舞う董卓と正面から衝突。
殺す殺さないのいざこざの末、ついに董卓VS丁原の戦が勃発するに至ります。
そこで呂布は養父・丁原のために持ち前の武勇をふるい、董卓軍を次々と蹴散らしていきました。破竹の勢いで自軍の兵をなぎ倒していく呂布に対し、董卓はこんなことを考えます。
「どうにか呂布を討ち取れれば良いが、あの強さでは誰も太刀打ちできないだろう。どうにか味方にできれば心強いのだが…。」
しかし、養父・丁原を裏切らせる妙案は浮かびません。董卓が不利な戦局を見ながらしばらく悶々と考え込んでいると、一人の男が董卓の前に現れました。
呂布と同じ并州出身の李粛です。「私は呂布と同郷で、幼いころからの親友です。私が呂布を説得して味方にして参りましょう。」この提案に董卓は大喜び。しかし、次の李粛の言葉に表情を曇らせます。「そのために、私に赤兎馬を授けてください。」
赤兎馬は一日に千里を駆ける稀代の名馬。董卓は赤兎馬をとても大事にしていたので、急に手放せと言われて動揺してしまいました。
するとそれを見透かしたように、李粛が畳みかけます。「あの呂布を手に入れられるなら、馬一頭くらい惜しくないでしょう。このままでは呂布に攻め入られてしまいますぞ!」
結局董卓は赤兎馬を呂布にくれてやり、なんとか味方になってもらうことを選んだのでした。
李粛の説得に応じた呂布
その晩、李粛は赤兎馬をひいて呂布の陣を訪れました。呂布は懐かしい友を快く迎え入れ、しばらく昔話に花を咲かせます。
昔話が一通り終わった頃、李粛がおもむろに切り出しました。
「…あの馬をどう思う?」
実は馬が気になっていた呂布は、やれ毛並みが良いだのやれ脚が違うだのここぞとばかりに褒めちぎります。
心の中でニヤリと笑った李粛は次のように言いました。
「この赤兎馬を君にあげよう。」
「えぇ!?いいの!?」
踊りあがらんばかりの勢いで喜ぶ呂布。
この様子を見て手ごたえを感じた李粛は、さらに話を続けます。「ところで君はこの馬のように大海原を駆けるべき素晴らしい人物なのに、なぜ小さく収まっているのかね?」
この言葉を受けて呂布はちょっぴり丁原への不満を漏らします。
「しめた!」
そう思った李粛は呂布の言葉に相槌を打ちつつ、呂布の丁原への不満を次々と引き出します。
気持ちよくなった呂布は最後にはどんどん丁原への暴言を吐きまくり、あんな奴死んでしまえと言わんばかりにヒートアップ。そこで李粛は逆に自分が仕えている董卓のすばらしさを語り、董卓と敵対することがいかに馬鹿げたことであるかを解きました。
そして最後に、次のように言ったのです。「実はその赤兎馬は、董卓様が是非君にと贈ってくださったものなのだよ。」これを聞いた呂布の心はコロッと董卓に傾き、養父・丁原を亡き者にすることを決意してしまったのでした。
三国志ライターchopsticksの独り言
呂布の裏切り伝説のはじまりは、李粛のヘッドハンティングによるものであり、最初から本人に裏切りの志があったわけではありませんでした。
しかし、李粛の誘導があったとはいえ、結果的にモノに釣られてしまった呂布は、元々それほど誠実な人ではなかったのでしょう。
それでも、李粛が呂布をヘッドハンティングしなければ、呂布がこれほどの裏切り伝説を残すこともなかったのではないでしょうか。
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