キングダム
南蛮征伐




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

城とは違う?勝敗を左右した塢(う)とはどんな砦なのか?

董卓




 

濡須口(じゅしゅこう)の戦いの特徴は、それが中州に造られた()と呼ばれる砦の取り合いに終始していったという点です。

特に有名なのが、呂蒙(りょもう)の献策で築城された濡須塢(じゅしゅう)偃月塢(えんげつう)とも呼ばれた塢は度々侵攻してきた魏の攻撃を跳ね返して時間切れに持ち込み、

何度も濡須口を防衛するのに貢献しました。

今回は、そんな塢がどんな構造であるかを解説したいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【第三次濡須口の戦い】曹丕の火事場泥棒から起きた最期の激戦

関連記事:【濡須口の戦い功労者列伝】濡須塢を築き二度も曹操軍を撃退、呂蒙

 

 

新末の反乱の頃から存在する塢

 

元々、塢は単に土手(どて)を意味する言葉でしたが、次第に防壁を意味するようになります。

異民族に対して、国境を警備する小さな軍事拠点は塢侯(うこう)と呼ばれていましたし、また、新末の動乱の時代には、流賊(りゅうぞく)を避ける為に

民間人が砦を築いて避難する施設が塢壁(うへき)と呼ばれるようになります。

 

元々、中国の都市は城壁に囲まれてはいるのですが、塢はそれとは異なり当初から防衛を目的に築いている点が都市の防壁とは異なっています。

その為に、一般の都市にはない工夫が城壁に施されました。

 

三国志の群雄の一人である董卓(とうたく)長安の付近に万歳塢(ばんざいう)という城塞を造り三十年分の食糧と金銀財宝を積み込んで万が一に備えましたが、

これも、外敵の多かった董卓の採用した防衛手段でした。

 

 

一族だけで籠城し、多くの防御機構がある塢

 

塢は防衛に特化した砦である為に、一般の都市に比べてコンパクトです。

これは中に(こも)るのが基本的に全て戦闘員であり備蓄物資をすり減らすような余剰の人口を抱えない為でもあります。

次に塢には、敵襲を察知する為の敵台や角楼(かくろう)という見張り台を備え、馬面と呼ばれる城壁の四隅から突き出した正方形の台座を持ちます。

これは、逸早く敵襲を察知すると同時に城壁をよじ登ろうとする敵を突き落す為に整備されたものでした。

 

■古代中国の暮らしぶりがよくわかる■

古代中国の暮らし図鑑  

何度も魏軍を跳ね返した濡須塢

 

濡須口の対岸に築城された濡須塢は、西暦216年の第二次濡須口の戦いの時に呂蒙(りょもう)の提言で置かれたものです。

その特徴は、偃月(えんげつ)の形をしていた事のようで偃月塢(えんげつう)と呼ばれました。

これは、双砦(そうさい)とも呼ばれているので、恐らく、二つの塢を築城してそれを湾曲した城壁で(つな)いだものだと考えていいでしょう。

城壁を湾曲(わんきょく)させる事で敵軍を城壁の深い部分まで誘い込み、弩を集中的に撃ち込む事で大打撃を与えたものと考えられます。

 

元々、呉軍は塢を臆病者が使うモノと(さげす)んでいたようで呂蒙の提案は「船から降りて敵を攻撃し、危なくなったら船に逃げ込めばいい」と

多くの将に反対されたようです。

しかし、孫権(そんけん)は呂蒙の献策を優れていると見抜き反対を抑えて築城させます。

第二次濡須口の戦いで、呂蒙は、ここに万を数える強弩を備えて、臧覇(ぞうは)張遼(ちょうりょう)が率いる数万の軍勢に矢を撃ちまくり陣形を造る時を与えず

遂に退却させる事に成功させました。

 

第三次濡須口の戦いでは、曹仁が濡須塢に押し寄せますが、今度は朱桓が籠城して千人もの被害者を出させて退却させています。

これらは、いずれも魏軍が退却を決意する決定的な勝利であり塢の力が遺憾(いかん)なく発揮されたと言えるでしょう。

 

魏晋南北朝時代にも活用された塢

 

このように大軍を少数の軍勢で守り抜く事に特化した塢は、皮肉にも、永嘉(えいか)の乱以後の魏晋南北朝の(ぎしんなんぼくちょう)動乱時代により多く築かれます。

この時代には、地理的な防御効果を取り込んだ山城が築かれ、華北では異民族の支配に従わない漢族が塢主を代表に防衛拠点を築き

度々騎兵中心の異民族の軍勢を撃退しました。

 

長江を越えた南朝では、豪族が中心になって塢を築いて領民を組織し自衛組織を作り上げていきます。

先に紹介した董卓の万歳塢も、北魏の時代まで使われていた事が発掘調査から明らかになっています。

 

三国志ライターkawausoの独り言

 

塢を活用した戦いが中心になった事で、兵力で魏に劣る呉は、長江を防壁にし中州には塢を築いて戦う様式が一般化しました。

これにより三国時代の末には防御兵器が攻撃兵器を上回り、戦いは長期化して天下統一には時間がかかる事になります。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【第二次濡須口の戦い】曹操軍オールスターが登場する大会戦

関連記事:【第一次濡須口の戦い】赤壁より人数が多い三国志史上屈指の会戦

 

伝説の企画 朝まで三国志 最強のワルは誰だ

朝まで三国志1  




kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 諸葛孔明019 蜀と孔明を最大限称えよ!三国志演義
  2. 司馬懿と魏延 衝撃の魏延焼殺作戦!吉川英治と『通俗三国志』
  3. 軍師孔明 軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>
  4. 董卓はどうしてデブになったの?真面目に考察してみた
  5. 絶世美女 貂蝉 悪女か?恩義に生きた美女か貂蝉の生涯とは?
  6. 羽林騎時代の若き董卓 おデブは一日にしてならず董卓を肥満させた儒教の教えとは?
  7. 鄧艾 【軍師連盟】司馬懿は何で身分の低い鄧艾を重用したの?
  8. 司馬懿 漢王朝を腐らせたのは儒者!打倒司馬懿、シチケンジャー

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 呂蒙が病気になり心配する孫権
  2. 呂布に暗殺される董卓
  3. 甄氏(しんし)
  4. 幕末極悪な尊攘派志士と正義の新選組
  5. 虎豹騎を率いる曹休
  6. 北伐を結構する孔明
  7. 羌族

おすすめ記事

  1. 何で姜維の北伐は反発されてたのに孔明の北伐は反対されなかったの? 北伐する孔明
  2. 樊城の戦いで関羽は○○をすれば死なずに勝利できた【if三国志】 強くなる関羽
  3. 【防御力倍増!】三国志野戦陣営の造り方を解説 司馬懿と魏延
  4. 周瑜が長生きしていたら三国志はどうなったの?二国志になっていた可能性!? 周瑜の魅力
  5. 【5分で丸わかり】西郷隆盛とはどんな人?2018年の大河ドラマ「西郷どん」の生涯 西郷隆盛(ゆるキャラ)
  6. 韓遂(かんすい)とはどんな人?生涯の大半を反乱にささげた不屈の反骨心【前半】 韓遂

三國志雑学

  1. 玉璽 三国志
  2. 馬超の兜にフォーカス
  3. 水攻めをする兵士
  4. 曹植
“はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 曹操50万の兵
  2. 孫権と張昭
  3. 司馬懿
  4. 成廉、魏越、呂布
  5. 李典
  6. 曹沖

おすすめ記事

道具を輸送する民人 【列子】道教の「道」とは?道に身をゆだねれば安らぐかもしれない話 天才軍師・郭嘉の息子も天才軍師だったの!? 韓非の本を熟読して感銘を受ける嬴政(始皇帝) 意外!中国人は三国志をあまり読んでない!? 呂不韋 【秦の宰相】呂不韋の人生をかけた計画に危機が訪れる 卞夫人 曹操 卑しい身分から、曹操の正妃へ卞夫人 Part.1 キングダム52巻 楊端和は実在するの?本当に山の民?キングダムで大人気の楊端和の素性 劉備に足りないもの 三国志 56話:水鏡先生との出会い。劉備に足りない人材って誰の事? 【保存版】岳飛を映画化したオススメ作品5選

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム
“西遊記"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志PR募集法正"
PAGE TOP