北条早雲の家臣は無名だけど有能揃いだった

2018年11月27日


 

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北条早雲

北条早雲

 

戦国大名の先駆けとなった北条早雲(ほうじょうそううん)は、武力だけでなく、見事な政治的手腕で国を治めていきました。

ゆうきまさみの漫画「新九郎(はし)る」でも主人公として、その魅力あふれる人柄が描かれています。

その後、5代にわたって後北条氏の栄光を築き上げた初代、北条早雲のもとには、優れた家臣たちが集まりました。

なかには、初代の早雲から3代にわたって仕えた家臣もいます。

しかし、「北条早雲」という名前に比べると、彼の家臣たちはあまり知られていません。

そこて、今回の記事では早雲の家臣たちについてクローズアップしていきます。

 

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鈴木繁宗

鈴木繁宗

 

鈴木繁宗(すずきしげむね)は、もとは堀越公方(ほりこしくぼう)に仕えていました。堀越公方とは、室町幕府将軍足利義教(あしかがよしのり)の子である足利政知(あしかがまさとも)のことであり、

当時は関東で大きな勢力を持っていました。

しかし鈴木繁宗は、堀越公方を見限り、北条早雲につくようになるのです。

内紛が広がった伊豆国内の混乱に乗じて、北条早雲が伊豆国に討ち入り堀越御所を焼き滅ぼすと、鈴木繁宗は三津の松下氏や大見の三人衆たちとともに

堀越公方から離反し、いち早く馳せ参じました。

そして、足利茶々丸(あしかがちゃちゃまる)攻めに参戦したのです。

鈴木繁宗はこのときの忠義が評価され、伊豆衆21家のひとつとして知られるようになりました。

また、水軍武将として仕えたことでも知られています。

 

 

 

笠原信為

笠原信為

 

笠原信為(かさはらのぶため)は、北条早雲、氏綱(うじつな)氏康(うじやす)の3代にわたって仕えました。

武蔵国橘樹郡小机城城代(むさしのくにたちばなぐんこづくえじょうじょうだい)として知られ、文化的な教養が深く、和歌や漢詩についての造形も深い人物でした。

2代目の北条氏綱の時代には、五家老を務め、重用されました。

実子の笠原康勝(かさはらやすかつ)も後北条氏に仕え、伊豆衆21家として知られています。

 

島津斉彬

家臣ではないが、協力体制にあった長尾景春

家臣ではないが、協力体制にあった長尾景春

 

長尾景春(ながおかげはる)は、北条早雲の直接の家臣ではありませんでしたが、戦のときに協力体制にありました。

北条早雲が「武略・智略・力量、人に勝れた勇士」と評するほどの武将であったそうです。

長尾景春は、北条早雲と手を組み、山内上杉氏の後継を巡って混乱状態にあった上野国へと攻め込みました。

このメンバーには、後の上杉謙信の父である、長尾為景(ながおためかげ)も加わっていました。

早雲、景春、為景の3人が揃ったこの戦はとても豪華なメンバーではありましたが、それから間もなく経った1514年、71歳で亡くなりました。

早雲にしても、景春にしても、今から500年近く前である戦国時代にしては、長生きだと思いませんか?

 

 

嫡男の氏綱は、早雲が生きていたときから有能な武将として活躍していた

北条氏綱Wikipedia

(画像:北条氏綱Wikipedia)

 

北条氏綱は、北条早雲の長男として、1487年に生まれました。

母は正室で室町幕府奉行衆(むろまちばくふぶぎょうしゅう)である小笠原政清(おがさわらまさきよ)の娘、南陽院殿(なんよういんどの)であり、身分の高い女性でした。

1487年といえば、北条早雲はまさに戦に明け暮れている最中でした。

そのような中で生まれた氏綱は、すくすくと育っていき、やがて武将としての力をつけていきます。

やがて小田原城を手中に収めた早雲は、その城主として氏綱を任命しています。

早雲は、氏綱のことを嫡男でありながら、優れた武将としても認めていたのでしょう。

早雲の相模統一のとき、氏綱もひとりの武将として、出陣していました。

そして、早雲は家督を氏綱に譲り、その翌年に亡くなっています。

   

 

戦国ライター星野まなかの独り言

戦国ライター星野まなかの独り言

 

有能な人物であったと知られる早雲は、その家臣や身内も優れた能力の持ち主であったようです。

「類は類を呼ぶ」といいますが、北条早雲の場合も、素晴らしい人材が集まっていたからこそ、世の中が乱れていた戦国時代において

相模という広い地域を平定することができたのではないでしょうか?

 

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