コメント機能リリース
馬超


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

孫策の息子・孫紹が不憫だった!?

呉の小覇王・孫策




呉の小覇王・孫策

 

孫策(そんさく)は若くしてなくなってしまいますが、意外にも息子が存在していました。

孫策の息子の名前は孫紹(そんしょう)と言います。

孫策の家系の中で、唯一孫策の直系の男子ですが、結構不憫(ふびん)な扱いを受けていたのです。

どうして孫紹は不憫な扱いを受けていたのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:周瑜は孫策よりも名門で君主になってもおかしくなかった

関連記事:諸葛亮、周瑜、郭嘉…誰がお好み?ときめき軍師メモリアル

 

 

孫紹の息子は何をした人なの!?

キングダムと三国志 信と曹操のはてな(疑問)

 

孫策の息子・孫紹は一体何をした人なのでしょうか。

孫紹は孫策の死後、孫権(そんけん)が皇帝の位に就任すると呉侯の位を貰うことになります。

孫紹は、孫策のように勇猛果敢な人物ではなく、文官としてその能力を発揮することになります。

 

孫紹は孫呉の重臣・張昭(ちょうしょう)滕胤(とういん)達とともに周王朝時代や漢王朝時代の儀礼に関して調べ、孫呉の朝廷の儀礼制定に貢献。

このように孫紹は戦場で兵士を指揮して敵軍を打ち破るような能力発揮するのではなく、文官方面に能力を発揮した人物でした。

 

孫策の息子はいい待遇をもらえなかった!?

 

孫策は孫呉の基盤を作り上げた人物として知られていますが、孫策の息子・孫紹はあまり孫権から厚遇されませんでした。

どうして孫権は孫策の息子を厚遇しなかったのでしょうか。

 

正史三国志の作者・陳寿(ちんじゅ)は「孫権は孫策をあまり尊敬していなかったから孫策の息子に対しても侯の位を与えるだけにとどめたのではないのか」と正史三国志に記載しております。

 

確かに孫策が孫呉の礎を築いたことを(かんが)みれば、孫権が孫策の息子に対する扱いをもうちょっと良くても(例えば王の位を与えるとか)いいと思えませんか。

でも本当に孫権が孫策を尊敬していなかったのでしょうか。

また孫権はどうして孫策の息子を厚遇しなかったのでしょうか。

 

孫権が孫策を尊敬していなかったのか!?

会見に出たがらない孫権

 

孫権は本当に孫策を尊敬しなかったのでしょうか。

レンの推測ですが、孫権は孫策を十分に尊敬していたと思います。

 

正史三国志の記載によれば孫策は孫権に対して意見を高く評価していたとの記載や孫策が宴会を行った時、孫権に対して「ここにいる武将達は全員お前のモノになるのだからな」と述べている記載もあります。

 

更に孫権は孫策と共に行動していたはずであり、彼が江東一帯を一挙に制圧しているところも見ており、これだけの偉業を成し遂げている兄の姿や自分に対する兄の態度を見ていれば、孫権が孫策を尊敬していた可能性の方が高く、尊敬していたと思われます。

では孫権が孫策を尊敬していたと仮定して、どうして孫紹を厚遇しなかったのでしょうか。

 

国家を混乱させないため

呉の孫権

 

孫権が孫紹を厚遇しなかった理由は孫呉の国家を混乱させないためでした。

 

歴史家の孫盛は「国家をしっかりと治めるためには紛らわしさをなくすのが一番だ。

また国家がしっかりしていない時であれば一族が結束して国を盛り立てて行くのが国家を長続きさせていく秘訣である。

そのために孫権は孫策の息子・孫紹に対して敢えて厚遇せず、孫権の息子達と孫策の息子に爵位でしっかりとメリハリを付けることで、

孫権に不満を持った人物達が孫紹を担いでよからぬことを企てないようにしたのである。

 

孫権のやり方は100パーセント正しいやり方ではないが、このようにすることで国家を長く保全したことを考えれば、致し方ないことだ」と述べております。

ここに記載した孫盛の言葉が孫権の心情を物語っているのではないのでしょうか。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

孫紹は不憫だったわけではなく、孫権が国家を優先的に考えしっかりと国を保っていくため、

敢えて孫紹を厚遇しなかったと言えるのではないのでしょうか。

また孫紹も孫権のやり方にたいして不満を抱いているような記載がないことから、彼も孫権のやり方に納得し、

支持していたと考えるのが妥当ではないのでしょうか。

 

■参考文献 正史三国志呉書等

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:孫策が生きていたら三国志はどうなったの?

関連記事:周瑜はいかにして魯粛を呉に引き入れたのか?

 

【赤壁を超える!魏呉の直接対決特集】
濡須口の戦い特集バナー

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 郭嘉の本 漢代にはこんなにもたくさんの本が生み出されていた!【漢代の本】
  2. ギャップに驚き!禰衡だけでは無かった!Mr.天然、曹植の裸踊り
  3. 曹操女性の敵2 ゆるキャラ 曹操は女の敵なのかどうかを検証する・その2
  4. 孫権の跡継ぎ9歳の孫亮 孫亮は皇帝になっても何にもできなかったってホント?
  5. 朶思大王 【はじめての孫子】第6回:勝つために最も大切なことは智謀でも勇気…
  6. 徐福 日中交渉は卑弥呼と魏だけではない!?
  7. 後継者を決めずにダラダラする袁紹 袁紹の父は息子に何を残したの??
  8. 曹丕 曹丕のグルメエピソードがまたひとつ鍾繇が送った五熟鍋とは?

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 朝まで三国志201 観客2 モブでブーイング
  2. 丁奉(ていほう)
  3. 司馬懿と魏延
  4. 羌瘣
  5. 徐庶
  6. 董卓
  7. 曹操 劉備 アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラVSゲイリー・グッドリッチ

おすすめ記事

  1. 李陵(りりょう)とはどんな人?キングダムの李信を先祖に持つ悲運の将軍【後半】
  2. 釣った人材が次々逃げる!ダメ釣り人袁術
  3. 陸遜が赤壁の戦いに参加したらどうなっていた?【if三国志】 呉蜀赤壁の戦い
  4. 【はじめての孫子】第7回:凡そ戦いは、正を以て合い、奇を以て勝つ。 魏延と孔明
  5. 三国志 Three kingdomsの諸葛亮がイケメンすぎる! 孔明
  6. 関羽は本当に忠義の士だったの?三国志のタブーに挑む! 関羽

三國志雑学

  1. 董卓を倒す呂布
  2. 賈詡
  3. 株式会社三国志で働く劉備と孔明


“はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 司馬徽と劉表
  2. はじめての三国志編集長 kawauso
  3. 眠る董卓
  4. 旅馬 三国志
  5. 紀霊
  6. 張良と始皇帝

おすすめ記事

張昭、孫権、孫策、周瑜 人心を得られなかった小覇王孫策の無残な最期 関羽が悪人扱いされない3つの理由 後ろ向きになって弓矢を放ち虎を倒す曹真 虎豹騎 対蜀戦を任される前の曹真はどんな活躍していたの? 何晏 司馬懿を追い落として魏の政権を握った者達はどんな国家を目指していたの? 郭嘉の本 朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第5部 お茶を楽しむ明智光秀 明智光秀も「茶の湯」を学んでいた?光秀の茶道具コレクションとは? 魯粛と周瑜が詐欺を決行 周瑜はいかにして魯粛を呉に引き入れたのか? 孫堅が伝国の玉璽を手に入れたわけ

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志コメント機能"
PAGE TOP