「男尊女卑」と「疑心暗鬼」の出典は『列子』?


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劉備を警戒する王粲

 

日本語の中に、道教(どうきょう)の思想書『列子(れっし)』にゆかりのある言葉はたくさんあります。

杞憂(きゆう)」や「朝三暮四(ちょうさんぼし)」などは、『列子』の中の話と一緒に記憶されている方が多いと思います。

由来を意識しないほど日本語に溶け込んでいる「男尊女卑(だんそんじょひ)」と「疑心暗鬼(ぎしんあんき)」も『列子』にゆかりのある言葉です(「疑心暗鬼」の出典は『列子』ではありませんが)。

 

本日は「男尊女卑」と「疑心暗鬼」の由来をご紹介いたします。

 

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「男尊女卑」の由来

 

「男尊女卑」は、『列子』の天瑞篇にある下記の話が出典です。

 

孔子が泰山を訪れた時のこと、栄啓期という人が郕(せい)の郊外を歩いているのに会った。

鹿のかわごろもを着て縄の帯をして琴を弾いて歌っている。

孔子はたずねた。

「先生は何を楽しみとしておられるのですか」

「楽しみはたくさんある。

天は万物を産んだが、人間だけを貴いものとした。

私は人間として生まれることができた。これが楽しみの一つである。

男女の別は、男は尊く女は卑しい。このため男が貴いものとされている。

私は男として生まれることができた。これが楽しみの二つ目である。

人間は生まれてから、日月を見ず、むつきも外れないまま死ぬ者もある。

私は九十まで生きることができた。これが楽しみの三つ目である。

貧しいのは士たるものの常、死は人生の終着点である。

常態におり終わりを待つという境地にいるのだから、何を思い煩うことがあろうか」

孔子は感心してこう言った。

「すばらしい。自ら心をひろびろと持つことのできるお方だ」

 

野人のような粗末な身なりで、ものすごく年をとっているのに、やけに満ち足りた表情をしているおじいさんがいたんですね。

で、孔子が、このじいさん何が楽しいんだ? といぶかって質問をした、と。

おじいさんは、人間に生まれたこと、男に生まれたこと、長生きできたことが嬉しい、

貧乏だしもうすぐ死ぬんだけど、そんなの当たり前だから気にしない、と。

 

金持ちじゃないとか若くないとか、自分にないものを嘆かずに、自分が持っているものに感謝するという、結構な考え方ってわけですな。

万物の中で人間が最も貴いとか、男が尊く女が卑しいとか、そこらへんの主張は現代ではあんまり通用しなさそうですね。寿命だって、長ければいいってもんじゃなさそうな気もします。

 

なにはともあれ、この話が男尊女卑の出典だということで。

なお、おじいさんが喜んでいる三つの楽しみのことを「三楽」という言い方もあります。

論語(ろんご)』や『孟子(もうし)』にも「三楽(さんらく)」がありまして、「三楽」の内容はそれぞれ異なっております。

 


 

「疑心暗鬼」の由来

 

「疑心暗鬼」という言葉は、宋の時代の林希逸という人が著した『沖虚至徳真経(ちゅうきょしとくしんきょう)鬳斎口義(けんさいくぎ)』に「疑心暗鬼を生ず」という形で出てきます(これが出典ではありませんが)。

 

沖虚至徳真経とは『列子』のこと、『沖虚至徳真経鬳斎口義(ちゅうきょしとくしんきょうけんさいくぎ)』は『列子』の注釈書です。

『列子』の説符篇にある下記の話の注釈で「疑心生暗鬼」がでてきます。

まずは『列子』をみてみましょう。

 

 

ある人が斧をなくしてしまい、隣の家の息子に盗まれたのではないかと疑った。

相手の歩き方を見ると、斧を盗んだような歩き方。

顔色を見ると、斧を盗んだような顔色。

話す言葉も、斧を盗んだようなしゃべり方。

動作といい態度といい、どれ一つとっても、斧を盗んだような様子でないものはない。

そんなある日、斧をなくした人が谷を掘っていると、なんとそこで斧が見つかったのである。

後日、隣の家の息子を見てみると、動作といい態度といい、どれ一つとっても、斧を盗んだような様子には見えなかった。

 

この説話はいわゆる「バカの壁」みたいな話ですね。

見る人がそうだと思いたいようにしか見えない、ってわけです。

さて、この話の解説として、『沖虚至徳真経鬳斎口義』には次のような一文があります。

「この章はなお諺言(げんげん)のごとし。諺(ことわざ)に曰く、疑心暗鬼を生ずと。心に疑うところあれば、その人 鈇(おの)を窃(ぬす)まずといえども、我 疑心を以てこれを視れば、すなわちその件件みな疑うべし」

 

この文章は、『列子』の斧の話はことわざの疑心暗鬼みたいなものだよ、疑って見れば無実の相手でも疑わしく見えるものさ、という解説です。

これを書いた林希逸さん(1193年~1271年)の時代には、すでに「疑心暗鬼を生ず」ということわざがあったようですね。

林希逸より百年ちょっと前に生まれた呂本中(1084年~1145年)の『師友雑志』が出典のようです。

 

『師友雑志』にこういう一文があります↓

「かつて人の鬼怪を説くを聞けば、おもえらく、この理 必ず無からんと。おもえらく疑心暗鬼を生ず。最もこれ議論を切要とす」

人が幽霊や妖怪の話をするのを聞くたびに、そんなわけあるかよと思う。いるんじゃないかと疑うから見えるだけだろう。と、呂本中さんは言っているようです。


 

三国志ライター よかミカンの独り言

三国志ライター よかミカンさん

 

「疑心暗鬼」の出典は呂本中の『師友雑志』だとしても、現在そのことわざが広まっているのは林希逸が『列子』の注釈で引用したからでしょう。

『列子』は面白い話が盛りだくさんで人気のある本なので。

『列子』は道教の思想書ですが、難しいことは分からなくてもお話として楽しめる部分がたくさんあります。

その通俗的なところが広く愛され、『列子』に由来する言葉がたくさんできたのでしょう。

 

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