織田信長は理想の上司?リーダーシップは本当に優れていたの?


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馬に乗って戦う若き織田信長

 

今回は織田信長(おだのぶなが)のリーダーシップについて取り上げます。織田信長といえば、数多くの戦で勝利し、偉大な業績を挙げていることから英雄として人気があります。また、織田信長はビジネスパーソンの間で理想の上司としても人気があります。

 

この記事の前半では織田信長の生涯について家督を継いだ直後の人材登用に触れながら紹介します。

後半では上司としての織田信長について取り上げます。

 

自称・皇帝
当記事は、
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織田信長とはどんな人?

織田信長

 

織田信長は1534年に織田信秀(おだのぶひで
)
の嫡男として生まれました。織田信秀が生まれたとき、織田家の役職は尾張国奉行ということで、立場は大名の家来の家来という立場でした。信秀が下剋上で尾張国守護になると、三河国(みかわのくに
)
にも勢力を広げ、美濃国(みののくに
)
にも侵略していました。

 

織田信秀(おだのぶひで)は信長のお父さん

 

織田信秀の権力に陰りが見え始めると、今川義元との戦いに敗れ、三河国を失いました。織田信秀が病気で死亡すると、嫡男の織田信長が跡を継ぎました。信長は尾張国の大名になると、今川義元(いまがわよしもと
)
の組織力に注目します。

 

今川義元

 

今川義元の寄親・寄子制に注目しますが、尾張は小国であることや心から信長に従っている家臣が少なかったことから今川義元のやり方をそのまま当てはめることをしませんでした。信長は武士の二男・三男以下でニートに近い状態の若者や身分の低い若者と交流するようになり、才能を引き出しました。この若者たちは信長直属の家臣となり、戦うことに専念しました。この若者の中には前田利家(まえだとしいえ
)
滝川一益(たきがわいちま)すら著名な織田信長の家臣がいます。

 

1560年の桶狭間の戦い(おけはざまのたたかい
)
では少数精鋭の部隊で今川義元の大軍を破りました。桶狭間の戦いを足がかりにして、全国統一まであと一歩という所まで勢力を伸ばしました。1582年6月2日の未明に、明智光秀(あけちみつひで)の謀反により京都の本能寺(ほんのうじ)で自害しました。

 


 

織田信長は理想の上司といえるのか?

 

織田信長は家督を継いだ直後、年の近い若者と交流するようになりました。信長は交流していた若者らを登用して少数精鋭の部隊を作ったことを既にこの記事の前半で取り上げました。一方で、信長は家臣の意見を聞かず、受け入れないというワンマン経営者のような人だったという評価もあります。ほとんどすべての人を「貴様」と呼ぶなど見下すような態度だったといわれています。

 

鼻をほじりながら無関心な織田信長

 

織田信長の家臣は絶対服従でした。次のようなエピソードがあります。現在の和歌山県の根来を訪ねた信長は寺の僧侶たちがついた餅を食べて「うまい」といいました。家臣に向かって馬糞が転がる路上にぶちまけて、食えといいました。家臣は泥だらけの餅をあっという間に食べたといわれています。

 

織田信長は優秀な人材がいたら絶えず登用する一方で、成果を出せない部下に対しては地位に関係なく追放しました。また、恐怖による統制と部下の間で緊張感を持たせて競争させることによって、信長は全国統一まであと一歩のところまで勢力を伸ばすことができました。


 

戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

三国志ライター オフィス樋口

 

今回は織田信長のリーダーシップについて取り上げました。最初に織田信長の人材登用について、武士の二男・三男以下でニートに近い状態の若者とコミュニケーションをとりながら才能を見いだし、登用したことを紹介しました。

 

その一方で、信長はワンマン経営者のような人で、人を「貴様」と呼ぶなど見下すような態度だったことも取り上げました。織田信秀から家督を継いだ直後で、不遇な若者を登用した頃の信長とかなり異なります。どのようにして態度が変わったのか気になります。

 

南蛮胴を身に着けた織田信長

 

織田信長のようなリーダーの場合、次のような問題があります。

 

燃える本能寺

 

本能寺の変で信長が死ぬと、織田家は分裂しました。織田家の統制が取れなくなり、賤ヶ岳の戦いなど内部抗争が起こりました。

最後に、織田信長が上司だった場合、現代であればパワハラとなります。信長に倣って、部下を貴様とかいわないように気をつけなければなりません。

 

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