諸葛亮には弟子はいない?孔明の後を継ぐことになった者たちを語ってみる

2019年6月23日


 

孔明と姜維

 

諸葛亮(しょかつりょう)の弟子と言えば?」で「姜維(きょうい)!」と答える人は、まだまだ三国志(さんごくし)の楽しさを半分しか知らないというのが筆者の暴論です。

 

姜維と孔明

 

というのも諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)の弟子で姜維(きょうい)のイメージが付いているのは、演義によるところが大きいからです。今回は諸葛亮の弟子はいないことをはっきりとさせつつも、その後を継いで言った人物たちについて語っていきたいと思います。

 

自称・皇帝
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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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諸葛亮は弟子を持っていない

魏延と姜維

 

まず諸葛亮の弟子ですが、はっきり言いましょう。いません。

 

馬謖に地理を伝える諸葛亮孔明

 

良く姜維(きょうい)、もしくは馬謖(ばしょく)の名前が挙げられますが、諸葛亮は両名を高く評価していたとはされていても、弟子とはされていないのです。

 

蔣琬(しょうえん)

 

諸葛亮は自分の死後に後を任せる存在としてまず蔣エンという名前を上げ、その後には誰かと聞かれて費イの名を上げます。そしてそれ以上は何も話しませんでした。

 

山頂に陣を敷いた馬謖

 

つまり姜維(きょうい)馬謖(ばしょく)も名前を上げられてはいないのです。馬謖に関してはもうこの時点で……とは思いますが、諸葛亮が後事を託した存在として、後継者として誰か名前を上げるとするならやはりこの二人の方がしっくりくると思います。

 

 

費禕という面白い(?)存在

費禕

 

さてまずは費禕(ひい)について触れていきましょう。順番から言えば蔣エンですが、ちょっと費禕から話させて頂きますね。費イという人物に付いて何か言え、と言われるとどうしても「面白い人物」と言ってしまいます。

 

2つの持論を展開する費禕

 

と言うのも、費イは昼間は凄まじい能力とスピードで仕事をさばいていくにも関わらず、夜になると博打やら酒宴やらをして大遊びをするという、優秀な官僚でありながら「遊び」も嗜む人間でした。その一方で人に対して邪心がなく、もっと疑いを持って人に接するようにしろ、と言われる好人物です。

 

負けた魏延

 

更には魏延(ぎえん)楊儀(ようぎ)という人物たちの最期にも関わってくるという黒さを持っていたりする一面も……この「黒さ」もまた、費禕の面白い一面。かなり魅力あふれる人物であると思うのです。

 

費禕の宴会に呼ばれて毒を塗った刀で暗殺に成功した郭修(かくしゅう)

 

ただ最期が酔っ払って殺されてしまうという最期なので……どうしても最後で失敗してしまっている感は否めないのが、費イという存在ですね。

 

 

対して蒋琬という存在

蒋琬(しょうえん)

 

では対して蒋琬はどんな存在かというと、筆者としては「真面目」であると思います。かなり真面目でマイペースに自分の仕事をこなしていく人。他人の批評を気にせず、冷静な人物であると思います。

 

蒋琬(しょうえん)

 

これを裏付けるものとして、蒋琬の逸話があります。蔣エンは諸葛亮の後事を託された人物なので、どうしても諸葛亮と比べられます。ある日、楊儀は蔣エンに「諸葛亮殿には全く及ばない能力だ」とそしりました。

 

蒋琬(しょうえん)

 

しかし蔣エン自身は「確かに私は諸葛亮殿に及ばないな」と言って恨んだり言い返したりもしなかったと言います。

 

楊儀

 

その一方で、楊儀とこのような逸話も残しています。楊儀は蔣エンと議論をしていましたが、その途中で返事に詰まって返せなくなりました。

 

楊儀、姜維、費イ

 

楊儀を快く思わない人物がそれを指摘しましたが、蔣エンは「顔の造りが違うように考え方も人によって異なる」と楊儀を擁護したと言います。これが十人十色の語源となりましたが、これからも蔣エンは優秀な人物でありながら自分の評は気にせず、かといって他人を否定しない人物だと思います。

 

ただその後、蒋琬は病を重くして亡くなってしまうのです。この死は間違いなく、蜀としても惜しまれるものだったと思います。まあ閑職に回されると酒を飲んで酔っ払って寝てしまう一面もありますけどね!

 

 

姜維の託された「もの」とは?

蜀の姜維

 

では最後に、少し姜維にも触れたいと思います。姜維が諸葛亮の後継者でなかったとしたら、弟子でなかったとしたら、彼は何だったのでしょうか。

 

姜維

 

おそらく彼には、北伐しかなかったのではないでしょうか。魏から降ってきた武将。

 

姜維怨嗟の声

 

元から蜀の将ではない、しかもつい最近降ってきた将。評価してくれた人は既になく、自分がやるべきことは一体何なのか。

 

 

自分にやれることは何なのか考えて、見出したのが北伐だったのではないかと、筆者は考えています。それが諸葛亮の望んだものではなかったとしても、姜維はそこにしか自分の残されたものを感じていなかったとしたら……少し、悲しい気がしますね。

 

三国志ライター センの独り言

三国志ライター セン f

 

少し姜維に対して評価が辛口になってしまいましたが、それもまた三国志の「苦み」として見て頂ければ幸いです。

 

蒋琬と姜維と王平

 

演義の影響で姜維の陰に隠れてしまいがちな蔣エン、費イですが両名共に面白い人物でもあります。諸葛亮の明確な弟子ではないにしろ、彼らが諸葛亮から何を託されたと感じていたのか……それを考察して、より三国志という世界を皆さんも深めてみて下さいね。

 

参考/wikipedia

 

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姜維特集

 

 

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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