三国志探索・蜀の楊儀ファンはいるのだろうか?生き方が不器用な楊儀

2017年4月9日


 

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ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志ファンレター」のコーナーです。

 

 

三国志に登場する英雄たちが現在の世界に実在したとしたら、

世界中からファンレターが届くことでしょう。

ジャニーズを超える数の手紙やバレンタインチョコになるのではないでしょうか。

孫策(そんさく)周瑜(しゅうゆ)の人気は凄いでしょうねー。

陸遜(りくそん)趙雲(ちょううん)もニンマリなはずです。

そんななかで、この人はどうなんでしょうか。

蜀を支えた揚儀(ようぎ)のことです。

ファンレターは届くのでしょうか。心配です。

 

関連記事:【三国志の素朴な疑問】蜀が北伐を止められなかった理由とは?

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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もともとは曹操の配下

 

楊儀はもともと曹操の家臣です。

と言っても荊州の下っ端役人でしたから曹操は楊儀のことを知らなかったかもしれないですね。

楊儀はこのまま曹操に仕えていても出世できないと考えたのか、関羽のもとに仕官しました。

一説には楊儀は関羽のことを慕っていたという話もあります。

関羽と楊儀・・・・・・一緒にいるイメージはまったくないですね。

関羽の使者として劉備のところに訪れたとき、なぜか劉備に気に入られたようです。

劉備は楊儀のどこを気に入ったのでしょうか。

 

諸葛亮孔明にも気に入られる

 

実は楊儀はあの諸葛亮孔明にも気に入られていたのです。

ということはやはりかなり優秀だったということですね。

実際に後方支援の準備などをしっかりこなして信頼も得ていたようです。

なんと楊儀は諸葛亮孔明直属の丞相府の筆頭になったのです。

リーダーとして丞相府を引っ張っていたということです。

どうです?ここまでの話を聞いて楊儀に興味が沸きましたか?

楊儀のファンになったーっていう方はいますかね。

 

北伐の真実に迫る

北伐  

 

楊儀の性格

 

成績が優秀でも、仕事がよくできても、周囲や部下に嫌われる人っていますよね。

上司には気に入られても、なぜかまったく人望がない。

みたいな感じな人です。理由はやっぱりその人の性格でしょう。

人として尊敬できないから慕われないのです。

日本にもいましたね。石田三成とかそれに近いと思います。

(石田三成は親友とかいるからもっと性格は良かったと思いますし、慕われていたと思いますが)

楊儀はどういう性格だったのでしょうか。

「蜀書」楊儀伝には、心の狭い人だったと記載されています。

 

 

プライドが高く、すぐに憤激して口論する癖もありました。

この性格が災いして、上司の劉巴と衝突したこともあり、左遷されています。

猛将・魏延とは犬猿の仲だったそうです。斬り殺されそうになって泣いたこともあるとか。

でも諸葛亮孔明は楊儀をかばっていました。

 

魏延の死と追放

 

諸葛亮孔明が病没したとき、魏延は謀反するだろうと予測されて殺されます。

その首を踏んで楊儀は喜びを表したそうです。

そんな楊儀も諸葛亮孔明亡き後は重用されることはありませんでした。

そりゃそうです。人望のない楊儀では組織をまとめられません。

諸葛亮孔明もそれを見越して自分の後継者に蔣琬を指名していたようです。

プライドの高い楊儀は中軍師という役職に不満を漏らします。

ついつい、「諸葛亮孔明が病没したときに魏に降っておけばよかった」なんて文句を言ってしまいます。

それを密告されて楊儀は官位を剥奪され、追放されました。

そして楊儀は最終的に自殺という道を選ぶことになります。

蔣琬(しょうえん)としてはこれで蜀はまとまると一安心したようですね。

   

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

そんな楊儀ですが、ファンになってくれる方はいませんか?

絶対に楊儀に共感できる人もいるはずです。

俺も会社(学校)でそうやって周囲や部下や後輩に虐げられてきた・・・・・・っていう方、

ここは楊儀のファンになってみませんか?

私としては嫌いじゃないですけどね。こういう不器用な人。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

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ろひもと理穂

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。 自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください! 好きな歴史人物: 曹操、蒲生氏郷

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