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呂布の身長はどれくらい??三国志の豪傑たちと比較してみた

2019年7月4日


 

赤兎馬にまたがる呂布

 

呂布は愛馬・赤兎にまたがって戦場を疾駆し、三国志演義では劉備関羽・張飛の三人と一騎打ちを行い、三国志最強の武勇を誇った豪傑です。

 

呂布のラストウォー 呂布

 

武勇に優れた呂布(りょふ)の身長はどれくらいあったのでしょうか。今回は呂布の身長について紹介したいと思います。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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正史三国志を調べてみると・・・・

陳寿(晋)

 

陳寿(ちんじゅ)が書いた正史三国志から呂布の身長を調べてみたいと思います。正史三国志呂布伝は呂布の出身地が并州(へいしゅう
)
の五原郡九原県出身だったこと。

 

晋蜀の産まれ 陳寿

 

また呂布が弓術と馬術が巧く、膂力に優れた人物であり、「飛将」と呼ばれていた事などが記載してありますが、彼の身長などについて記載されていませんでした。

 

 

 

三国志演義の呂布は高身長!?

周瑜、孔明、劉備、曹操 それぞれの列伝・正史三国志

 

正史三国志では呂布の身長は不明でした。では三国志演義ならば呂布の身長が記載されているかもしれないので、調べてみました。すると呂布の身長が判明。呂布の身長はなんと一丈もあるそうです。一丈を現在の単位に直すと大体・24.2cmほどです。と言う事は呂布の身長は2m42cm以上ある長身の武将でした。

 

ついでに三国志演義の関羽(かんう)の身長は約・9尺で現代の単位に直すと2m17cmらい。あの長ーい髭を蓄え、青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう
)
を持っている関羽を想像するとちょっと小さいような気がしませんか。

 

関羽の青銅像

 

また関羽の義弟・張飛(ちょうひ)は8尺で大体1m93cmでした。このように各武将の身長を見ると呂布の身長が結構高かったことがお分かりになると思います。さてここからはおまけ編です。

 

ぜひご覧ください!!

 

 

 

「おまけ編」赤兎の子孫は今もいる!?

呂布

 

「人中の呂布」と称えられていた三国志最強の武将・呂布。呂布は愛馬・赤兎(せきとば)に乗って戦場を縦横無尽に駆け巡り、活躍していましたが、呂布の愛馬・赤兎の子孫と呼ばれる馬が現存しているのを知っていますか。

 

アハルテケ

 

その馬の名前はアハルテケ。アハルテケと赤兎。名前が違う馬同士ですが、どこが赤兎の子孫なのでしょうか。

 

 

赤兎と同じくらい持久力もつアハルテケ

 

赤兎馬は一日に千里を走る名馬として知られています。千里を現在の距離に換算すると大体・3900キロで、赤兎馬がチョー持久力のある馬でした。アハルテケも赤兎と同じくらい持久力があり、この点が赤兎の子孫だと言われている理由の一つです。

 

アハルテケはどのくらい持久力があったかを示すエピソードが残っていますので紹介しましょう。アハルテケはトルクメン人の騎手団がアシガバートからモスクワまでアハルテケに乗って2500マイル(4000キロ)を84日で走破。

 

このようにアハルテケは赤兎と同じように長距離を移動できる持久力を持っている事から、赤兎に近い馬だと言われているそうです。

 

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

アハルテケは赤兎の子孫だと上記で紹介しましたが、もう一つ赤兎の子孫である理由があるので、最後に紹介したいと思います。

 

アハルテケの原産国はトルクメニスタンと言われる中央アジアにある国です。この国は古代パルティアと呼ばれる国の領土になっていました。このパルティアはシルクロード上に領土があり、各国と交易を行い、力を蓄えていたそうです。

 

赤兎馬を可愛がる董卓

 

そのためもしかしたら赤兎は古代パルティアから輸出され、シルクロードを通って中国へ輸入されたのかもしれません。その後赤兎は後漢王朝の皇帝の手に渡り、洛陽(らくよう)を制圧した董卓が赤兎を入手。

 

三国志ライター黒田レン

 

そして董卓と親子の契りをした呂布の手に渡ったと考えるとロマンがあっていいなと思うのですが、皆様はどのように思いますか。今月の中旬頃から「はじめての三国志」の記事にコメント欄ができるそうです。

 

もしよかったらレンの記事にコメントを下さい。

 

 

■参考 正史三国志魏書 呂布伝など

 

関連記事:呂布の凄さをいろんな角度から考察!彼が「やらかした」その時歴史が動いた!

関連記事:呂布はどんな人柄をしていたの?実は臆病で優柔不断な将軍だった?

 

呂布

 

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

三國志が大好きです。オススメのマンガは曹操を描いた蒼天航路がオススメです。三國志の小説のオススメは宮城谷昌光氏が書いた三國志です。好きな食べ物はマグロ、ぶり、アジが大好きな猫です。

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