煽り運転の心理とは?キングダムの時代にも煽り運転対策をした田単


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ここ最近、危険なあおり運転がメディアを賑わしています。

(あお)り運転とは、前方を走行する車に対し進路を譲れと強要したり、車間距離を危険なレベルまで縮める、車線に割り込んで急ブレーキをかける。

ハイビームやクラクション、パッシング、幅寄せ、罵声を浴びせて相手を威嚇(いかく)する等、嫌がらせや仕返し行為の事です。

あおり運転の心理とは、車に乗って気分が大きくなっている時に、幅寄せやノロノロ運転、無理な割り込みなど、

他のドライバーの行動でカッとして、過剰な報復行為に出てしまう事を意味しています。

もちろん、このような行為は大事故を誘因し、周囲にも迷惑をかける危険行為であり絶対にやってはいけません。

 

ところで、この煽り運転、キングダムの時代にも似た事例が存在していました。

そして、その被害を未然に回避した人物こそ、キングダムのレジェンド楽毅(がっき)を撃破した斉の名将、田単(でんたん)でした。

 

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古代中国では移動の定番は馬車

 

古代中国では、もちろん自動車はありませんでしたが、その代わりに馬車が存在していました。

馬車は(いん)の時代以前から存在し、騎兵が戦争の花形になる以前には戦車としてメイン兵器となっていました。

また、戦争ばかりでなく都市と都市の間が非常に離れている中国では、移動手段としても馬車には需要がありました。

古代のタクシー、或いはトラックとして輸送に活躍していたのです。

蒙武

 

キングダムでも、秦王政が趙から秦に逃げる時には馬車が登場しましたし、趙で廉頗(れんぱ)に阻まれて出世できなかった蒙驁(もうごう)が、

幼い蒙武(もうぶ)を連れて秦に向かうシーンでも馬車が出てきていました。

 


 

自動車より危なかった馬車

 

馬車というと優雅でのんびりした旅をイメージしてしまいますが、実際の馬車は、自動車を運転するよりも高い技量が必要でした。

普通運転免許を持っていれば運転できる自動車と違い馬車を操縦するのは、長年の修練が必要だったのです。

魔のトリオ攻撃が劉備を追いつめる

 

何しろ、自動車と違い駆動力である馬は車の前方を走っています。つまり、御者の視界は馬に遮られていて、見通しが利きません。

また、扱っているのは動物なので、何らかの理由で暴走する事もありその場合には、乗っている人も周囲も危険に曝されました。

御者は責任重大な仕事だったのです。

 

—熱き『キングダム』の原点がココに—

春秋戦国時代


 

煽り運転に対処した賢者田単

長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

 

今回紹介する田単は、キングダムの時代に誕生しました。

元は、斉の王族なのですが傍流の末裔だったのか、高い身分ではなく、斉の湣王(びんおう)の頃に王都である臨淄(りんし)の市場の役人になりました。

しかし、紀元前284年、秦と並んで強大を謳われていた斉に激震が走ります。

かつて、湣王が征服し間接統治している燕で、名将楽毅が密かに周辺国に根回しし、五カ国の合従軍を組織して斉に攻め込んできたのです。

 

楽毅

 

一国では最強の斉も、五カ国連合軍の前には勝ち目はなく、臨淄は陥落。

湣王は(きょ)に逃げて立て籠もりますが、そこに援軍で来た楚の将軍淖歯(とうし)に呆気なく殺害されてしまいました。

田単も合従軍から逃げる為に一族をまとめて馬車で逃亡し、安平という都市に逃げ込みます。

 

兵士 朝まで三国志

 

ところが、合従軍の勢いは止まらず、さらに安平も危ういという情報が飛び込みます。

そうなれば、ここからも一刻も早く逃げ出さないといけませんが、田単は、安平の城門が臨淄よりも狭く、馬車が殺到すれば

衝突事故が起きて逃げられなくなる事を危惧(きぐ)していました。

誰だって燕の兵士に略奪される前に、我先に逃げ出したいに決まっています。

そうなれば普段のように安全運転など出来ず、あおり運転の心理になってしまうのです。

 

緊急事態で生じた煽り運転を対策すべく、田単は一族の一人に命じて、馬車の車軸の末をことごとく断ち切って鉄で包ませました。

馬車は構造上、横からの衝撃に弱いので、幅寄せで衝突すると車軸が折れて車体がバラバラにクラッシュする恐れがありました。

そこで、田単は車軸を鉄で補強してパニックに備えていたのです。


  

 

 

続発する事故を回避して無事に逃げ出した田単

 

さて、案の定、安平も燕軍によって城壁が壊される事態になりました。

住民はパニックになり我先に城門に殺到しますが、馬車の車輪が接触する事故が続出車軸は次々に折れてしまい辺りは壊れた馬車で一杯になります。

しかし、田単の馬車だけは、車軸を鉄で補強したので壊れる事なく、無事に城門を抜けて、即墨へと逃げのびる事が出来たのです。

 

さらに、車軸を補強して事故を回避した田単の話は即墨にまで伝わり賢者として評判になりました。

やがて、即墨の司令官が戦死すると、人々に推される形で田単が司令官になり楽毅の包囲軍と対峙する事になります。

「斉」の旗を持った兵士

 

そして、遂には謀略で楽毅を将軍から追い落とし、一度は燕に征服された斉の領土を全て奪い返す奇跡の逆転劇を演じるのです。

交通事故を回避した田単が、最終的には国の危機を救うとは、歴史は、本当に面白い役回りを人間に与えますね。

 

煽り運転対策は田単に学ぼう

 

田単の危機対処能力は、煽り運転対策にも役立ちます。

では、煽り運転に遭遇したらどうすればいいのでしょうか?

 

まず、ドライブレコーダーは必須のアイテムとして車載しておきます。

交通事故は、やったやらないの水掛け論になりやすいので、映像で煽り運転の動かない証拠を記録しておくのは重要です。

 

第二には、煽り運転に遭遇してもカッとして挑発に乗らず、車線を変えるなどして、問題行動をする自動車とは距離を取ります。

それでも、相手が絡んでくるようなら、左側の車線に移動して減速し車間距離を大きく取る事で相手に諦めさせます。

 

相手が車から降りて向かってきた場合は、決して窓を開けてはいけません。

煽り運転をしてしまうドライバーは心理は、興奮しきっていて理性がなくなっている事が多く話し合いで解決しようとするのは危険です。

 

この間の事件のように殴られたり、車外に引きずり出される場合もあります。

ガラスを拳で割られるかも?と恐怖心で窓を開けてしまうかも知れませんが、自働車のサイドガラスは思っているよりも頑丈で

人が殴ったり、蹴ったりした程度では割れないそうです。

もし、助手席に同乗者がいるなら、警察に通報するなどしたり動画を撮影してもらうなどをお願いして下さい。

くれぐれも自分で解決しようなどとは考えないのが大事です。

 

キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言

 

自動車に限らず、馬車もまたコントロールを失うと凶器になるのは、今も昔も変わる所はありません。

また、普段は大人しい人でも自動車に乗ると、それを外部の鎧と認識して気分が大きくなってしまい、

ちょっとした事でカッとして危険運転をしたり他の車両を煽ったり、挑発したりと煽り運転の心理に陥りやすいのです。

陸遜

 

もし、その時に、大きなストレスを抱えてムシャクシャしていたら、カーッとなってしまい、

煽り運転をする側になったり、煽り運転者の挑発に乗ってしまう危険もあるのです。

自動車に乗った時に生じる心理を理解して、いつも安全運転という認識を忘れないようにしたいものです。

 

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