ちょんまげの起源と由来は?なぜあんな髪型になったの?


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ちょんまげの起源と由来(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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庶民がちょんまげを真似た

徳川家康

 

戦国時代が終わり、江戸幕府の泰平の時代が開かれると士農工商の身分序列が定まります。もう少し正確に言うと、支配者の武士と農工商の被支配者に社会が二分されたのです。いずれにせよ、武士は支配階級となり家柄や役職にあった米を俸禄として受け取り、大威張りで街中を闊歩(かっぽ)するようになります。

 

このような武士は一面ではうっとおしいのですが、一定の教養を積み、大小を差し、刀を扱える武士は憧れや羨望の的でした。そこで、農工商にあたる人々が、武士の戦闘的な髪型であるちょんまげを結い始めたのです。

 

銀杏髷

 

これまで、ちょんまげと書いてきましたが、実はちょんまげという髪型はありません。

 

ちょんまげのちょんとは「ゝ」と書き、ほんの僅かな老人の(まげ)の形を表し、禿頭(はげあたま)をからかったものです。ちょんまげとは、日本人が明治4年の散髪脱刀令で髷を結わなくなり、様々な名前のついた髷の名称が失われる中で、それらの髷を代表する言葉として残った名詞です。

 

実際に江戸時代にポピュラーに結われたのは、銀杏髷(いちょうまげ)と呼ばれるもので髷を折り返した先を銀杏の葉のように広げているので、このように言われました。同じ銀杏髷でも、武士は髷を長くし月代を狭く、町人は小銀杏と呼ばれる銀杏を小さくしたもの、職人は銀杏を太く短くし男らしさを出しました。

 

遊郭で人気の本多髷

幕末 大金を使い豪遊する尊攘派志士

 

もう一つ(いき)と言う意味では、本多髷(ほんだまげ)も流行しました。これは武士の銀杏髷と反対に、月代を広くして髷をネズミの尾のように細くしたものです。銀杏髷の武骨な印象が消えて優しい感じに見えるので、遊郭で人気がありました。

 

月代を剃らない総髪

 

江戸時代には、月代を剃らない髷だけの髪型も存在しました。

 

これらは、町医者や学者がしていた髪型で総髪(そうはつ)と言い、月代を剃らない=兜を被らないで、非戦闘員であるという意味でした。医者は負傷者の治療の為に戦場を往来するので、戦闘者である武士と間違えられ攻撃されないよう総髪にしたのです。

 

逆に、月代を剃りたいけど金がなく月代に毛が生えて総髪になってしまった浪人のケースもあります。また幕末の志士には好んで月代を剃らず総髪を通し、幕府の権威に反逆してみせる人々もいました。

 

戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

以上、ちょんまげの歴史について簡単に解説してみました。

 

元々は冠を固定する留め具を刺すために、結うようになる髻ですが、例えば烏帽子(えぼし)のようなものは初期は布製で(こうがい)のような留め具で髻を固定したものが次第に材質が固くなると、笄だけでは不安定になり、烏帽子は掛緒と呼ばれる顎紐で固定するようになり、留め具は余り意味が無くなったようです。

平野国臣

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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