桃園の誓いとは?三国志にはない?それともあった?ロマン溢れる桃園結義

2020年7月22日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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桃園の誓いをする劉備、張飛、関羽

 

三国志演義(さんごくしえんぎ)の始まり、ではないですが、物語の始まりを予感させる一幕として「桃園の誓い(とうえんのちかい)」があると思います。劉備(りゅうび)関羽(かんう)張飛(ちょうひ)、三人の英傑が集まって誓いを立てるあのシーンは、見ていてグッとくるものがありますね。

 

酒癖の悪い張飛(桃園三兄弟)

 

しかしこれはあくまで三国志演義のワンシーンであって、実際の三国志にはこの桃園の誓いの誓いはない……いやいや、ちゃんと桃園の誓いの誓いはあった?

 

今回はこの義兄弟の誓い、桃園の誓いとは?について色々と話させて頂こうと思います。

 

桃園の誓いとは?

関羽、劉備、張飛の桃園三兄弟

 

まず三国志演義の桃園の誓いについて、軽くご説明しましょう。三国志演義の序盤の方で、劉備、関羽、張飛の三人が出合います。三人は桃の花が咲き誇る園、桃園で宴会をし、そこで義兄弟となる誓いを結びます。

 

桃園3兄弟

 

この時に誓った有名な言葉が「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を」であり、生まれた日こそ違えども、叶うならば同じ日に死のうという誓いです。

 

桃園の誓いは実際にはなかった?

子供時代の桃園三兄弟

 

さてこの桃園の誓い、劉備が主役である話ならだいたいお目にかかれます。もしくはこのシーンから始まることも多いですね。また三国志演義の元となったと言われる三国志平話に同じようなエピソードがあり、ここでこの誓いを張飛は「桃園結義」と呼んでいました。しかしこの桃園の誓いは、正史には記述がありません。

 

では桃園の誓いは本当になかったのか?

それはそうとも言い切れないのです。

 

正史三国志を紐解く

孔明 正史

 

ここで正史三国志を見ていくと、いくつかの記述が目に付きます。

 

張飛、劉備、関羽の桃園三兄弟

 

「劉備の寝室に関羽や張飛は入ることが許されていた」……本来、目上の者の寝室に入れることはそれほど信頼されていた証であり、三人はただの上司と部下ではなかったのでしょう。

ブチギレる劉備

 

また、関羽の死後に魏で「関羽がやられたんだから、劉備は必ず報復にやってくる」という予想がされており、このことから少なくとも劉備と関羽は君主と臣下を越えた絆があったことが魏でも知れ渡っているほどのことが分かります。このように桃園の誓いこそなかったとはいえ、劉備、関羽、張飛はかなり当時としても特別な間柄だったのでは?と予想しています。

 

桃園の誓いの狙いとは?

桃園兄弟

 

しかし前提として史実、正史三国志には桃園の誓いはありません。劉備たち三兄弟が親密な関係だったとしても、桃園の誓いは存在しないのです。

 

張飛と劉備

 

ではなぜ三国志演義では桃園の誓いがあるのでしょう。筆者はこの桃園の誓いが、ただのワンシーンだけでなく、物語としてもとても重要で秀逸なシーンであると思っています。そしてこの桃園の誓いは、後々にまで関わってくる重要な場面だとも思うのです。

史実アレンジ

劉備の臨終に立ち会う孔明

 

前述したように、桃園の誓い自体がなくとも、劉備たち三兄弟が通常の主君と臣下以上に親密であったということは、正史三国志の数々の記述から読み取れます。また正史の記載からでも、この三兄弟は短い期間の間に後を追うように亡くなっていきました。

 

そう「願わくば同じ日に死ぬこと」は、全く同じではなくともある意味で達成されたとも言えます。

三国志(歴史)を誇張しまくる羅貫中

 

つまり最初に桃園の誓いがあるからこそ、三兄弟の最期が感動的に感じるのです。どこまで羅貫中(らかんちゅう)が意図したかは分かりませんが、正史の記述からこの桃園の誓いをアレンジしたのは見事の一言でしょう。

 

導入としての桃園の誓い

三国志(歴史)を誇張しまくる羅貫中 ver2

 

そして多くの場合、この桃園の誓いは最初のシーンとして持ってこられます。これは特に劉備が主人公の物語では定番とも言えますね。それはこの桃園の誓いが、物語の導入として秀逸なものであるからだと思うのです。

 

三人の男たち、未だ天下には名は知られず。そんな彼らが出会って義兄弟の契りを固く結んで乱世へと入っていく……これからどうなるかを知っていても、とてもワクワクする導入場面ですよね。

 

桃園の誓いの「輝き」

劉備と関羽と張飛の桃園三兄弟

 

筆者はこの桃園の誓いがあったとしても、なかったとしても、とても好きなシーンの一つと言うことができます。まるで運命のように導かれ、出会った三人が「天下に何か名を残そう」と誓って旅立っていく。

 

亡くなる張飛将軍

 

これから長い苦難が待っていて、激動の時代を生きていく。その中で離れ離れになることもあるけれど、その信義と絆は変わらなかった。最期の最後にまでその誓いが、まるで輝きのように現れてくる。正史の記述にあるかないか、それさえもどうでもいいと感じてしまうような、そんなきらめきのある逸話だと思います。

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

ある日、本当に偶然出会った三人。その三人が「死ぬ日まで共に」と誓うなんていきなりすぎて、ある意味で時代錯誤さえ感じる一幕です。それでもなお、桃園の誓いは感動する一幕なのです。この場面があったからこそ三国志演義は輝いている、筆者は常々そう思っています。

 

参考文献:

蜀書先主伝 関羽伝

三国志平話

 

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三国志平話

 

 

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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