キングダム雑学「秦にニートは1人もいない」その理由とは?


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張良と劉邦が楚漢戦争のゲームをプレイ

 

大人気春秋戦国時代漫画キングダム。

7国でも最強の軍事力を持つ秦ですが、その庶民の暮らしはスポットが当たりません。

法家の厳しい厳罰主義が行き届いているせいで犯罪も少なく能力主義な秦ですが、一方で庶民にとっては暮らしにくい土地でした。

そもそも、秦に生まれるとニートになる事が出来ないのです。


キングダム雑学:分異の令で強制的に家族と引き離される

 

秦では商鞅の変法により、君主への権力の集中と無駄の排除、人民の勤労意欲を限界まで搾り取る全体主義的な政策が取られました。

その中でも顕著な例が、分異(ぶんい)の令と呼ばれるもので、成人男性が2人以上いる家庭では、強制的に分家を行うというものです。

元々、分異の令は一世帯に2人以上の成人男性がいる場合、人頭税を2倍にするというものでしたが、第二次変法により、余計に厳しくなりました。

疫病が蔓延した村と民人

 

出て行くのが長男か次男かは書かれていませんが、家を継ぐ長男が分家するとは考えにくく、強制的に家を出るのは次男なのでしょう。

可哀想ですが、親のスネをかじって生きようにも、それが出来ないのが分異の令なのです。


キングダム雑学:住む場所は自分で決められない

左遷される劉邦

 

「強制的に分家されても、家の近くに家を建てて実家に通えばいいじゃん」

そう考えたあなた、残念ながら秦の法はそんな甘いものではありません。

 

分異令で強制的に分家されると、あなたが次に住む場所は秦が決めるのであって、あなたが勝手に決める権利はないのです。

キングダムの読者の方はご存知でしょうが、秦では領地が増えるとそこに秦の人民を送り込んで秦の制度に馴染むようにしています。

そこに送り込まれる秦人の何割かは、分異令で強制的に家族と引き離された人々です。

 

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キングダム雑学:見ず知らずの周辺の家々と伍を組まされる

餓えた農民(水滸伝)

 

さて、秦により見ず知らずの土地に連れて来られたあなたは、ここで土地を与えられ家を建てます。そして、見ず知らずの周囲の家と、()あるいは(じゅう)という監視組織を作ります。

 

伍や什は、お互いに監視と告発を義務付け、もし、同じ伍の中で犯罪を犯したものがいても、見逃すと全ての伍が連帯責任で処罰されます。

逆に、訴え出ると、戦場で敵の首を獲ったのと同じだけの褒美が貰えました。

行軍する兵士達a(モブ)

 

しかも、この伍や什、戦争が起きると、そのまま部隊になり戦場でも運命共同体になります。

互いに監視、密告しつつ戦場では助け合わないといけないという面倒くさい共同体が伍や什です。


キングダム雑学:怠けて貧しくなると奴隷に落ちる

 

むかつく隣人にガマンできたとしても、そこに最後の秦の法律が襲い掛かります。

秦では、男子は農業、女子は家で機織(はたお)りが奨励(しょうれい)されていて成績はチェックされていて、成績がよいと褒美がもらえました。

 

逆に、あまり働かずに貧乏になると、平民の身分を剥奪されて奴隷に落ちたというのです。

これは酷い、俺が怠けて貧しくなって人に迷惑がかかるか!って話です。

秦に生まれると、ニートになんか絶対になれないように法があなたの一生を雁字搦(がんじがら)めにしてしまうのです。

内容に納得がいかないkawauso様

 

すると、あなたは不思議に思うかも知れません。

なんで、こんな厳しい法律に皆んな平気で耐えているのか?

そりゃあ、昔は不満を持つ人もいましましたが、商君の変法から百年以上経過すると

これが当たり前になり、誰も疑問にも思わなくなるのです。

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コメント

  • コメント (2)

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    • 邯鄲の夢
    • 2020年 8月 19日

    ブログ主分析による秦の家族制度て、古代中国王朝から現代の中国まで脈々と生きていてさらに監視カメラ、AI 技術にネット監視など通して未来永劫まで永遠に続いていく気がします。しかしたびたび民衆反乱や近隣他民族の侵攻で王朝が倒され再び新王朝で同じことが繰り返される。
    人口があれだけ多い国だし別な家族制度を試みることは
    文献でなかったのでしょうかね?

      • kawauso編集長
      • 2020年 8月 19日

      邯鄲の夢さん

      >コメントありがとうございます。
      前回記事でも、書きましたが同じ中華でも、
      東方六ヵ国は秦のように締め付けが厳しくないようで
      長平の戦いの遠因になった上党の帰属問題でも、
      韓王が上党を秦に割譲しようとしているのを
      上党の人民が拒否して、郡太守を動かしてまで
      趙に身売りしています。

      こんな独立心の強い人民は秦の事例には出てきません。
      なので、中国には秦のタイプと秦以外のタイプの
      統治の形があったのではないかと思います。




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