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実際の龐統の容姿ってどんな感じ?イメージはどこから来た?


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実際の龐統の容姿ってどんな感じ?(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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儒教の考える容姿について

孔子と儒教

 

三国時代の中国では儒教(じゅきょう
)
が重要視されていた時代です。このため色々なものに儒教の考えは影響を及ぼしています。その一つに、容姿も存在していたのです。

 

法正と劉備

 

儒教では才能は顔、見た目にそれが現れると考えられていました。つまりイケメンであることは才能がある人間の証明だった訳です。それを踏まえて考えると「容姿がパッとしない」龐統は「才能がない」と思われていたのも納得がいきますね。

 

龐統

 

そして更にそれを誇張することで「容姿が悪いのに才能があった」という珍しいキャラクターとして三国志演義での龐統が生まれたのではないか、と思うのです。

 

時代の背景

正史三国志_書類

 

因みに容貌が重要視されていたのは、色々な記述から読み取ることもできます。例えば身長が高かった低かった、太っていた痩せていた、髭の色がこうで手足がこうで……三国志に出てくる人たちは多かれ少なかれ、容姿についての記述が多いですよね。つまりこれは「記述として残すほど容姿が重要視されていた」ことの証明であると考えられるのではないでしょうか。

 

そういう時代と考えると、容貌に恵まれないというだけで才能の目が出なかった人も多かったのかな、なんて何とも言えない気分にならずにはいられないシーンだと思います。

 

おっと?

ゆるキャラ龐統

 

最後にちょっと三国志演義での龐統について。容姿が悪い龐統は、孫権(そんけん)からは嫌われ、劉備からは閑職に追いやられと碌な目にあいません。しかし曹操だけは龐統の才能を見抜き、自らの陣営に招いて船を鎖で繋ぐ策を授けて貰った……まあこれは孫権・劉備陣営の罠なんですが……ともあれ、曹操は龐統の容貌を全く気にしていないというポイントがあります。

 

曹操

 

これを考えると曹操は見た目で人を選ばない人物だったというイメージが既にあったのではないか、と思います。何にせよこの場面、ちょっと孫権と劉備にいい印象がない場面になったのは、もしかして作者からの何らかのメッセージなのでは、といういつもの妄想でした。

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

容姿がどうであれ能力に関係がないのでは?能力があれば容姿は二の次なのでは?

 

三国志演義の龐統を見るとそう思ってしまいます。しかし容姿がパッとしない、卑しい、田舎っぽい……と言われると、ビジネスの場でノースーツ、ノーネクタイでいるようなイメージも湧いてきます。

 

ポイント解説をするセン様

 

筆者は龐統が好きなので、容貌が重要視されていた時代に敢えてそんな恰好をしていたのかな、なんて考えてしまいますが、時代を考えるとまだまだ先取り過ぎた行動だったのかもしれませんね。

 

参考文献:蜀書龐統伝

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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