徳川家康が天下を獲れたのは天正地震のお陰だった!

はじめての三国志_ページネーション

こちらは2ページ目になります。1ページ目から読む場合は、以下の緑ボタンからお願いします。

徳川家康が天下を獲れた理由(1P目)




羽柴秀吉ついに折れ、家康窮地を脱す

不敵な笑みで豊臣秀吉を励ます黒田官兵衛

 

もうこうなっては秀吉が折れるより手はありません。復旧は1カ月やそこらではきかず、徳川征討に期限を区切りながら何も出来ないのでは、天下の物笑いになります。

 

軍議(日本史)モブb

 

秀吉「もはや、わしは五畿内、中国、北国まで支配下においた。家康とて、わしに本気で勝てるとは思ってもいまい。今、ごねておるのは上洛して生きて帰れる保証がない事を警戒しての事。わしの妹の朝日姫を家康の妻にやり、婿入りの挨拶に事寄せて上洛させよう。家康さえ上洛すれば、後は日本国中の大名がわしに頭を下げるはずじゃ」

 

こうして、秀吉は家康に妹を与えて縁戚関係を結び、家康は身の安全が保障されたので大坂城で、秀吉に臣下の令を取り戦争は回避されました。まさに天正地震が徳川家康の窮地を救ったのです。




戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

天正地震が、まさに秀吉の徳川討伐直前に起きたお陰で徳川家康は窮地を脱する事が出来ました。

 

もし、秀吉の出兵が半年早ければ、家康の命運はどうなっていたやら、でも、このような目に見えない予測もできない自然災害でさえ味方にしてしまう強運があればこそ、家康は天下が獲れたのかも知れません。

 

参考文献:天災から日本史を読みなおす  先人に学ぶ防災 磯田道史

 

関連記事:天平の大疫病が庶民を豊かにした?アフターコロナを考える

関連記事:鎌倉時代の農業はどんなもの?生産性の向上と飢饉の時代

 

【無敵の騎馬隊を率いて天下を夢見た武田信玄の生涯】
武田信玄

 




< 1

2

関連記事

  1. 真田丸 武田信玄
  2. 長曾我部元親(長宗我部元親)鳥なき島のコウモリ
  3. ピストルを乱射する坂本龍馬
  4. 明智光秀と煕子(麒麟がくる)
  5. 戦国時代の合戦シーン(兵士モブ用)

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

3冊同時発売

“三国志人物事典"

“ながら三国志音声コンテンツ"

ASMR

“近代オリンピック




PAGE TOP