今日のkawauso41「嘘つき曹操ちゃん」


 

はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし魏の曹操孟徳

 

曹操の子供の頃のあだなは、嘘つき小僧だった。

それから、遥か後年、西暦209年、曹操は自分の半生を振り返り天下に布告を出しているが、やはり所々にウソを混ぜる癖は抜けなかったらしい。

 

以下は魏武故事における曹操の言葉

 

(中略)ところが董卓の難に遭遇したので、正義の兵を起こしたのである。

当時は、多数兵力を集める程能力があると思われていた。

しかし(自分)は常に兵を少なく抑え多くしたいとは思わなかった。

理由は兵数が多くなると、自然に兵が自分は強いと錯覚して無暗に好戦的になり、

強敵と当たった時に、禍になると思ったからだ。

それゆえ汴水(べんすい)の戦いでは数千の兵であり、

後に帰郷して揚州で兵を集めた時もまだ3千に過ぎなかった。

 

内容に納得がいかないkawauso様

 

これはウソで、曹操は無名故に兵が集まらず、揚州で夏侯惇と募兵して

刺史陳温、丹楊太守周昕(しゅうきん)が兵四千余人を集めて曹操に与えても途中で叛かれ、

4000人から500人しか残らなかったと魏略にはある。

サイコパスな発言をする曹操a

 

曹操は兵を少なく抑えたのではなく、少数しか集まらないので、そういう戦い方をするしかなかったんだろう。

それを兵が多いと無暗に好戦的になり危ないからと、もっともらしい理由をつけて誤魔化す

こういうところにサラッとウソを混ぜてくるから、曹操は嘘つき小僧なのである。

 

前回記事:今日のkawauso40「軍事力より大事な法」

 

曹操孟徳

 

 

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