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今でも付加価値で利益を出す倉庫業
現在の倉庫業でも、戦国時代の納屋衆のように、荷主の荷物を預かっている時間を出来るだけ長くしようと通関やリパック、商品のラベル貼り等、荷主の面倒を減らして付加価値をつける業務をしています。
つまり、儲かっている倉庫業とは、このように付加価値業務を請け負い、荷主の荷物を預かっている時間を伸ばしている業者なのです。倉庫業の常に付加価値を求める視点は、業界を問わず、ビジネス全てで参考になるような気がしますね。
付加価値とはもてなしである
さて、安土桃山時代の茶人に千利休がいます。豊臣秀吉の絶大な信任を受けて、権勢を誇った利休ですが、そんな利休の前身は納屋衆だとも言われています。
そうであればこそ、茶器の目利きに通じたのでしょうが、同時に利休の侘茶は、もてなしの心に満ちている事が分かります。もてなしとは、客人の心が求めている事を察知する事であり、まさに納屋衆が荷主のニーズを掴んで、付加価値を高めたのに通じます。
利休に限らず、茶人には同時に政商・豪商であった人々が多いですが、彼らが戦国大名と結びつき、重用された背景には、彼らが時の権力者のニーズを掴み、いかにすれば付加価値を得られるかを日頃から考えていた事があると思います。
戦国時代ライターkawausoの独り言
堺の倉庫屋だった納屋衆がどうして巨万の富を築いたのか?
なかなか、納得できる理由がなくもやもやしていましたが、現在の倉庫業の利益率の上げ方から、納屋衆が倉庫業だけでなく、流通から金融から税金徴収まで手広くやるようになった理由が分かりました。こう言う事があるから、歴史は面白いんですね。
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