納屋衆って何?戦国時代の倉庫屋「納屋衆」はどうして儲かった?

2020年11月14日

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kawauso編集長(石原 昌光)

編集責任者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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テレビを視聴するkawauso編集長

 

kawauoは、戦国時代の記事を書き出して2年が経過し、次第に歴史本に書いている事をそのまま受け止められないひねくれた中年になってきました。人間的にはどうかと思いますが、日本史ライターとしてはそれでいいのです。

 

特に、前からギモンだったのは、東洋のヴェニスと呼ばれた(さかい)納屋衆(なやしゅう)の本業が倉庫屋だったという事でした。失礼ですが、倉庫屋って巨万の富を築けるほどに儲かるもんなんでしょうか?そう思い調べてみると、目からウロコが落ちる納屋衆の生き残り戦略、付加価値(ふかかち)付けまくりのカラクリが見えてきたのです。

 

現代でも儲かっている倉庫屋

 

同じ物流業界でも、業種別の営業利益や経常利益には大きな開きがあるそうです。例えば、毎年の上場企業を中心とした決算を見ると、陸運業が1%の利益を出す事に必死であるのに対し、倉庫業は利益5~7%で利益率上位の会社では、2桁の利益率を出している会社も多くあるのです。

 

どうして同じ物流会社で、10倍以上の利益率の差が出てくるのでしょうか?

解説によるとそれは倉庫業が

 

①土地、建物、設備という大きな投資をしている。

②倉庫の立地を確定させる、他にはない物流インフラを形として表現している。

③商品・荷物に対する時間的占有率が高い。

 

この3つの要素を満たしているからだそうです。第1に、売り物である商品は野ざらしには出来ません。雨や雪や太陽光線からの劣化や盗難の恐れもあり、自前の倉庫がないなら、どうしても倉庫業者の倉庫に保管する必要があるわけです。

 

八甲田雪中行軍遭難事件(雪山)

 

また、陸運業と違い倉庫業は、土地と建物と設備に大きな投資が必要で業者だってそう多くはありません。それだけ競争原理が働きにくく、借り手が交渉で不利になり高い利益を上げる事が出来るわけです。

 

しかし、倉庫業の高い利益率の1番の理由は、③の商品・荷物に対する占有率でした。この占有率こそが、戦国の納屋衆を儲けさせた理由だったのです。

 

占有率を上げる為に納屋衆は販売ルートを拡大した

長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

 

元々は貸し倉庫屋だった納屋衆が、どうして全国に販売ルートを拡大したり、金融業を始めたりしたのか?

 

それは、倉庫に収めた商品をなるべく長期間確保しておきたいからでした。長い時間、倉庫に荷物を保管すればするだけ、荷主から多く蔵敷料(くらしきりょう)を取れるからです。しかし、借り手からすれば、レンタル料は少ない方がいいわけで、出来るだけ早く荷受けしようとします。貸し手と借り手の利益は相反するのです。

 

ここで納屋衆は閃いて、荷主にささやいたのです。

「預けて頂いた商品は、私共が責任を持って高く売れる市場に持って行きますよ」

宋銭 お金と紙幣

 

荷主は、商品を持っているものの、それが全て売れる保証はありません。だから、納屋衆が商品を代わりに高く売ってくれるなら、その方がいいわけです。むしろ売りさばく手間を代行してもらい、自分は仕入れる事に専念した方が儲けは大きくなるでしょう。こうして納屋衆は商品を預かる以外のサービスを開始し販路を拡大していったのです。

 

はじめての戦国時代

 

納屋衆は付加価値で儲けた

兵糧を運ぶ兵士

 

納屋衆は、商品の運搬費や関所の通行料や人足の人件費を蔵敷料として上乗せします。それが幾らになったか分かりませんが、荷主としても、それが確実に売れるなら、自分が手間と危険を冒して売りさばくより、ずっと割が良いと感じ支払ったでしょう。言い換えると、納屋衆は倉庫屋でありながら、商品を売りさばくという本来の業務を越えた付加価値をつける事で蔵敷料を上乗せし、高い利益率を確保したのです。

 

やがて財力を蓄えた納屋衆は、商品を預かるだけでなく、その場で買い付けるなどして、欧州や中国、東南アジアの珍しい品物を大量に保有していきました。

 

鉄甲船

 

ただの倉庫屋だった納屋衆が戦国日本有数の大金持ちに変貌したのは、この高い付加価値を見出したせいなのです。

今でも付加価値で利益を出す倉庫業

 

現在の倉庫業でも、戦国時代の納屋衆のように、荷主の荷物を預かっている時間を出来るだけ長くしようと通関やリパック、商品のラベル貼り等、荷主の面倒を減らして付加価値をつける業務をしています。

 

つまり、儲かっている倉庫業とは、このように付加価値業務を請け負い、荷主の荷物を預かっている時間を伸ばしている業者なのです。倉庫業の常に付加価値を求める視点は、業界を問わず、ビジネス全てで参考になるような気がしますね。

 

付加価値とはもてなしである

千利休

 

さて、安土桃山時代の茶人に千利休がいます。豊臣秀吉の絶大な信任を受けて、権勢を誇った利休ですが、そんな利休の前身(ぜんしん)は納屋衆だとも言われています。

 

そうであればこそ、茶器の目利きに通じたのでしょうが、同時に利休の侘茶は、もてなしの心に満ちている事が分かります。もてなしとは、客人の心が求めている事を察知する事であり、まさに納屋衆が荷主のニーズを掴んで、付加価値を高めたのに通じます。

 

資金が豊富な織田信長

 

利休に限らず、茶人には同時に政商・豪商であった人々が多いですが、彼らが戦国大名と結びつき、重用された背景には、彼らが時の権力者のニーズを掴み、いかにすれば付加価値を得られるかを日頃から考えていた事があると思います。

 

戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

堺の倉庫屋だった納屋衆がどうして巨万の富を築いたのか?

 

なかなか、納得できる理由がなくもやもやしていましたが、現在の倉庫業の利益率の上げ方から、納屋衆が倉庫業だけでなく、流通から金融から税金徴収まで手広くやるようになった理由が分かりました。こう言う事があるから、歴史は面白いんですね。

 

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織田信長スペシャル

 

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

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