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馬超の妻に接近し夫たちを登用するよう馬超に働きかける
さて趙昂らをそのまま配下にした馬超ですが、何だかんだ自分のやったことを理解していたのか、彼らを信頼して良いものか迷っていました。そんな折に馬超の妻が王異の評判を聞き、宴に招きます。
ここで王異は馬超の妻に「今は国が安定していない時です。大事なのは優秀な配下を手に入れることです!」と夫たちが如何に役立つ人材であるかを妻の立場から説得。
これを馬超は妻から聞かされたのか、段々と趙昂たちを信頼するようになりました。反撃の下準備は、王異のこの協力あってこそ進んだと言えるでしょう。
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息子が死んでも正義をなすべきと夫を激励
ここで趙昂らは馬超に反乱を開始……しようとしますが、問題は人質になっている息子のこと。悩む夫に、王異は言いました。
「大事を成す前にどうして一人の息子の命に捕らわれているのですか」
忠義のためにならば息子の首一つで悩んではならない。
妻のこの言葉に趙昂も納得、反乱は首尾よく開始し、王異は夫と共に祁山で立てこもり、幾つもの策を補佐して、夏侯淵から派遣された張コウがやってくるまで見事城を守り切ったのです。
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娘以外の子供を全て失い馬超を追い払う
しかし当然ながら趙昂と王異の子、趙月は馬超に殺されることとなりました。また反乱の開始時には馬超の妻子が殺されています。更に言うならば、姜敍の母と子も馬超に殺されました。
この際に姜敍の母は馬超を「父を見捨てた逆子め!」
と馬騰……じゃなかった、罵倒したことで逆上した馬超に殺されたとも言われています。
こうして涼州の家族を失っての血で血を洗うような戦乱は一時終わり、馬超は張魯の元へ落ち延びていくことになりました。
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三国志ライター センのひとりごと
武術を嗜んでいた、とか、女だてらに武装していた、という女性は歴史上にも幾人もいます。しかし自ら弓を手に取り、敵と戦ったとされる女性はそう多くはいません。
また馬超に降伏した後の王異の立ち回りは正に内助の功、女の立場を見事に利用したサポートと言えるでしょう。しかし涼州のこの戦いは苛烈すぎて、何とも言葉にならない結末を迎えましたね。
基本的に三国志演義では馬超の大暴れはカットされる部分ですが、また馬超の別側面を窺い知れる部分でもありますので、よろしければご一読ください。
ちゃぽーん……。
参考文献:列女伝
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