三国志演義の趙雲は、桂陽太守・趙範から亡き兄の未亡人を薦められた時に人倫を乱すとして拒んだ堅物キャラで、第一次北伐失敗後の撤収の際に善戦したことを賞された時には、敗軍に賞があることはおかしいとしてご褒美を返してしまっています。
まさに「自分、不器用ですから……」を地で行くような武人。ペラペラと詩を詠んだり歌をうたったりするイメージは皆無です。ところが、三国志演義より前に書かれた「三国志平話」では、趙雲は歌をうたいながらオペラのように登場しているからびっくりです。
舞台セットのような情景で劉備が歌う
三国志平話における趙雲の初登場シーンは、流浪の劉備が一人で不遇を嘆いている場面です。根拠地の徐州を失い、弟分や家族たちとも離ればなれになり、独り落ち延びて袁譚のところに身を寄せた劉備。再起を図るために五万の兵を貸して欲しいと袁譚にお願いしますが、袁譚は口先だけで承諾しながら何日経っても兵を貸す気配がありません。夜、滞在先の宿舎で独り酒を飲み、憂いが詩となって劉備の口から流れ出します。
【原文】
天下大乱兮黄巾遍地
四海皇皇兮賊若蟻
曹操無端兮有意為君
献帝無力兮全無靠倚
我合有志兮復興劉氏
袁譚無仁兮嘆息不已
【書き下し文】
天地大いに乱れ 黄巾地に遍し
四海皇皇として 賊 蟻のごとし
曹操端無く 君たらんとするの意あり
献帝力無くして 全く靠倚するなし
我まさに志ありて 劉氏を復興せんとす
袁譚仁なく 嘆息やまず
「献帝」という言葉はおかしいですね。献帝とは、このときの皇帝が崩御したあとにつけられた諡号なので、在位中なのに「献帝」と呼んでいるのはおかしいです。また、詩の内容はストレートすぎて、詩心が感じられません。「三国志平話」を作ったのは、多少読み書きが出来るという程度の庶民だったのかもしれませんね。詩の出来はさておき、劉備が詩を詠んでいる情景が舞台のワンシーンみたいで面白いです。「ロミオとジュリエット」で、ジュリエットが夜にバルコニーでロミオのことを想いながら独り言を言っている場面のようです。
ロミオ、じゃなかった、趙雲登場
誰に聞かれているとも思わず、独りで口ずさんだ劉備の詩。すると、西側の廊下から一つの声が、劉備の詩に和して歌い始めます。
【原文】
我有長剣 則空揮嘆息
朝内不正 則賊若蛟虬
壮士潜隐 則風雷未遂
欲興干戈 則朝廷有倚
英雄相遇 則扶持劉邦
斬除曹賊 与君一体
【書き下し文】
我に長剣あるも 則ち空しく揮いて嘆息す
朝内正しからず 則ち賊 蛟虬のごとし
壮士潜隐して 則ち風雷いまだ遂げず
干戈興らんと欲し 則ち朝廷の倚る有らん
英雄相遇えば 則ち劉の邦を扶持す
斬りて曹賊を除き 君と一体とならん
この詩も変ですね。下から二行目にある「邦」という文字はNGワードです。漢の始祖である劉邦の名前を漢代の人間が口にすることは不敬にあたるので。こういう一字一句に無神経だと官吏登用試験の科挙に受かるはずはないので、「三国志平話」を作ったのはやっぱり士大夫階級の人間ではないんだろうな、って感じです。
この詩は劉備の詩と同じ音で押韻しておりまして、漢室復興がままならないという劉備の悩みに対して“お嘆きめさるな、我らが組めばWe can do it!” という内容になっております。韻の踏みかたも内容も劉備の詩に呼応しているんですね。ふいに聞こえてきたこの詩。この声のあるじこそ、我らが趙雲将軍。なんですかね、この登場の仕方。ジュリエットが「どうしてあなたはロミオなの」と独り言を言っているのを聞いて、我慢しきれず「恋人って呼んでくれるならもうロミオやめる!」と声をあげたロミオみたい。(ロミオ、そんな台詞じゃなかったですかね)
舞台映えするこのシーン
詩を詠み交わしながら登場するという美しいシーン。コーエーが出版している『三国志平話』のまえがきで、中川諭氏はこれを元の時代の雑劇の影響だろうとおっしゃっています。なるほど!三国志平話は民間の講談や芝居を元にしてまとまったものらしいので、舞台で劉備役と趙雲役が歌いながら演じるような演目があったんだろうなーと容易に想像できますね。
独り寂しく歌っている主人公のところにもう一人が歌いながら現われるというシーンはとても舞台映えしそうです。西洋の劇みたいに舞台の袖から趙雲が歌いながら登場するのもいいですが、歌舞伎で花道を使いながらやってみるのも面白いのではないでしょうか。舞台に劉備がいるのを観客が見ている間に趙雲がひっそり花道に出てきて劉備の歌を聴きながら動作でちょっとずつ芝居をするなんていうのを見てみたいです。
三国志ライター よかミカンの独り言
夜に独り言をいっている主人公のところにもう一人が現われて声をかけるのは「ロミオとジュリエット」のバルコニーのシーンにそっくりですが、三国志平話は十四世紀前半に刊行されており、「ロミオとジュリエット」より二百年以上早いです。素敵なシーンを描こうと思ったら自然と似通っただけなのか、あるいはどこかでルーツがつながっているのか。そんな舞台演出の歴史に思いを馳せるのも楽しそうです。劉備の詩のヘタクソさが気にならなくなるほどの面白シーンだなぁと思いました。
【参考文献】
翻訳本:『三国志平話』二階堂善弘/中川諭 訳注 株式会社光栄 1999年3月5日
原文:维基文库 自由读书馆 全相平话/14 三国志评话巻上(インターネット)
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