
はい、それではキングダム考察行ってみよう!
といいたい所ですが、今回のキングダムは休載です。
そこで恒例の
帰ってきたキングダム休載SPをお送りします。
今回は巷で話題の王賁は
王翦になっていくのか?それとも…です。
この記事の目次
① 結論:王賁は変わった。しかし“王翦そのもの”ではない
「いや…王賁、急に変わりすぎじゃない?」
まず結論からいきます。
王賁は確実に変わりました。
ただし、それは単純な成長ではありません。
かつての王賁は、誇り高く、感情で動く武将でした。
しかし現在の彼は
「勝つためなら頭も下げる、ゲロも吐く」
この判断を迷わず取れる存在へと変わっています。
それはプライドよりも勝利を優先したからァ!
これは明らかに、王翦に近づいた変化です。
ただし…
完全に同じではないようです。
ここが今回の最大のポイントです。
② あの“壁への一礼”がすべてを物語っている
今回、多くの読者が違和感を覚えたシーン。
それが、王賁が壁に頭を下げた場面です。
かつての王賁なら、まずやらない行動です。
・自分の力で突破する
・他人に頼らない
・誇りを優先する
それが王賁のアイデンティティ
しかし今回は違う。
「勝利の為に使えるモノは
なんでも利用する」
そのために頭を下げた。
これはプライドの放棄ではありません。
勝利のための選択です。
ファンキースパーイス!
③ 王翦の思想「使えるものはすべて使う」
ここで思い出すべきは王翦の戦い方です。
王翦は一貫してこう考えています。
・部下も駒
・同盟も駒
・状況すら利用する
つまり
「好き嫌いを排除した戦争」
王賁が今回やったことは、まさにこれです。
壁を“味方”ではなく“戦力”として扱った。
これは明確に王翦の戦い方です。
④ ではなぜ“完全な王翦”ではないのか?
ここが重要です。
王賁は合理的な判断をしました。
しかし、王翦とは決定的な違いがあります。
それは
覚悟の重さです。
王翦は必要なら
部下すら切り捨てる男です。
感情は一切入らない。
そのため、王翦陣営の武将は
強いという共通項以外は
ゲスなヤツから高潔な人格者までいます。
一方で王賁は違う。
まだ“人間”なんです。
今回の行動も、冷酷な計算というより
「勝つために飲み込んだ決断」に近い。
つまり
王翦=最初から合理
王賁=葛藤の末の合理
ここが違います。
⑤ 李信との対比で見える“危うさ”
この変化をより際立たせるのが李信です。
李信は真逆の存在です。
・仲間を信じる
・感情で動く
・正面突破
このスタイルでここまで来ています。
もし王賁が完全に王翦化すれば
李信との対比はさらに極端になる。
そして読者は問われます。
強いのは王賁か李信か?
⑥ 玉鳳軍だけ“死なない”違和感
ここで一つの違和感があります。
これまでの中華統一戦争で秦では
多くの将が命を落としています。
しかし
玉鳳軍はほぼ無傷
これは明らかに不自然です。
なぜか?
考えられる理由は2つです。
・王賁が徹底的に合理で動いている
・あるいは“これから失う”
後者の場合
これはかなり危険な伏線になります。
⑦ 関常に漂う“死亡フラグ”
特に気になるのが関常です。
現在の玉鳳軍は、あまりにも整いすぎている。
こういう時、キングダムは必ず崩して
あえて不安定にします。
・王騎
・麃公
・桓騎
重要人物ほど、あっさり消える作品です。
そして今
王賁が変わったタイミング
ここで誰かが死ぬとすれば
最も物語的に重いのは関常でしょう。
⑧ 王賁の変化は“成長”か“喪失”か
一体、全体、
王賁は成長したのか?
それとも何かを失ったのか?
・勝つために頭を下げた
・合理的な判断を取った
これは確かに強さです。
しかし同時に
誇りを優先する
王賁らしさは
薄れているとも言えます。
キングダムの変化は、
何かを捨てて何かを得る事
一切の変化をせずに強くなる武将は
キングダムには出ません。
逆にそうでない場合は自滅します。
では、王賁はどちらか?
⑨無敵と信じた父王翦の無残な敗北
王賁の変化には、趙北部攻略戦での
王翦の敗北が影響している可能性があります。
これまで王翦は
「勝てない戦はしない」と言い続けてきました。
しかしその王翦が
司馬尚に追い詰められ、
多くの側近を失い、撤退を余儀なくされた。
この現実は、王賁にとって衝撃だったはずです。
「絶対の父ですら、負ける」
ならばどうするか。
「父以上に、勝たなければならない」
この瞬間、王賁の中で
何かが切り替わった可能性があります。
➉ 結論:王賁は王翦に近づいたが、まだ戻れる
王賁は確実に
王翦に近づいています。
しかし
まだ完全ではない
まだ戻れる位置にいる
ここが重要です。
もし今後、
玉鳳軍に大きな犠牲が出た時
王賁はどちらに進むのか。
例えば関常が死んだ場合、
完全な合理の怪物になるのか。
それとも、人として踏みとどまるのか。
そして
李信とは違う道を進むのか
ここからが本番です。
キングダムメイツはどう思いますか?
王賁は成長したのか。
それとも“王翦になり始めている”のか。
それとも
すでに戻れない所まで来ているのか?
キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言
王賁だけではなく李信にもまた変化が見られました。
皆さんはお気づきになりましたか?
「え?李信ってこんなに賢かったっけ?」
と思った人、かなり鋭いです。
日曜日のキングダムキャラ回では、
趙攻略戦で李信が見せた高度な戦略を紹介します。
楽しみにまっててね~
んがむぐ…
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