「蒼天航路」は三国志の曹操を主人公とした漫画で、青年向け漫画雑誌「モーニング」で1994年から2005年まで連載されました。連載が開始された1994年は、筑摩書房の正史三国志(歴史書)が文庫化されてからわずか二年。三国志演義(歴史物語小説)を元にして作られたNHK人形劇「三国志」の記憶も新しく、人々には「劉備善玉・曹操悪玉」という三国志演義ベースの三国志観が浸透していた時代です。
そんな時代に正史の要素を大幅に盛り込み、曹操をかっこよく描いた「蒼天航路」は、まさに革命的な漫画だったはずです。「蒼天航路」に衝撃を受けて、今まで読んでいた三国志演義はなんてくだらない小説だったのかと思ってしまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで本日は、三国志演義も書かれた当時は革命的な作品だったんです、というお話です。
「蒼天航路」のスタンス
「蒼天航路」が正史準拠作品であると言われることがあるようですが、正史準拠ではありません。「蒼天航路」は、王欣太さんが李學仁さんの原作・原案を始めとしてさまざまな三国志の物語や歴史書を参照しながら独自の世界観で書き上げた、フィクション要素のある三国志漫画です。
世の中が三国志演義に染まっていた時代だったので、正史の要素が加わっただけで「正史寄りだよ!」「正史だと!?」ザワザワ……って、なって、「正史準拠」という誤解が広まったのだろうと思います。「蒼天航路」では曹操はもちろん、劉備や諸葛亮の人物像も三国志演義と全く違っていますので、王欣太さんは三国志演義に対しては、こんなのが三国志だと思ったら間違いなんだよ、というような気持ちがあったのではないでしょうか。
世の中に広まっている、歴史書とはかけ離れた三国志物語に対して、正史寄りの観点から新たな三国志を提示したのだろうと思います。もっとも、三国志演義の要素も王欣太さんの邪魔にならないものは残っており、見ようによっては、三国志演義をベースにして正史によってマイナーチェンジを加えた作品と言うこともできます。王欣太さんの魂がこもっているので、正史とも演義ともちがうネオ三国志というのが最も正確でしょう。
三国志演義の先行作品「三国志平話」
三国志演義は、正史とはかけ離れた荒唐無稽なファンタジー小説のようにも見えてしまうのですが、三国志演義が書かれた当時は、三国志演義こそが、既存の荒唐無稽な三国志観を覆す革命的な作品でした。三国志演義には「三国志平話」という先行作品がありますが、そこでは劉備が宋の時代の山賊の親玉そのものの人物像で全く三国時代人っぽくなかったり、諸葛亮が仙人だったりして、こんなのが三国志なはずない! と叫びたくなるほど、ものすごくはちゃめちゃです。
当時はそうした三国志物語が主流で、それを史実だと思う人も多く、その風潮に対して正史三国志を知っているような知識人は苦々しく思っていました。そこで、巷の三国志物語に対し、正史三国志を始めとしたいくつもの歴史書によって考証を加え、誤りを正し、荒唐無稽要素を削り、物語としての面白さを残しつつ知識人が読むに耐える読み物にまでブラッシュアップさせて成立したのが、三国志演義です。
三国志演義のスタンス
先ほど「蒼天航路」について、下記のように書きました。
世の中に広まっている、歴史書とはかけ離れた三国志物語に対して、正史寄りの観点から新たな三国志を提示した
このスタンスは、三国志演義にもそのまま当てはまります。「蒼天航路」が既存の「劉備善玉・曹操悪玉」という三国志観に革命を起こしたように、三国志演義は、既存の「任侠の親分と子分がヒーロー」という三国志観に革命を起こしました。
「三国志平話」では山賊の親玉のようだった劉備を、三国志演義は「仁徳の君子」に改造し、「三国志平話」で影の薄かった関羽を「義の人」として描き、諸葛亮を「忠臣」としてクローズアップし、当時の儒教的価値観に基づく新たなヒーロー像を提示したのです。この三国志演義は、出た当時は衝撃的だったはずです。“三国志って張飛兄貴が大暴れするのを見て拍手喝采するだけの話だと思っていたら、本当はこんな話だったのね! 今まで読んでいた三国志はなんだったの!?正史にも基づいていないし、はちゃめちゃじゃない!”
三国志ライター よかミカンの独り言
既存の三国志物語に対し、正史の観点を持ち込み、新たなヒーロー像を提示して三国志に革命を起こしたという点では、「蒼天航路」と三国志演義は全く同じではないでしょうか。また、100%正史準拠ではなく、既存の物語世界をほどよく利用しながら書かれている点でも全く同じです。
「蒼天航路」を知ってしまうと、三国志演義っていうのはずいぶん荒唐無稽な小説だなと思う方もおられるかと思いますが、三国志演義だって正史要素満載のすっごい作品なのです。ぜひ温かい目で読んでいただきたいと思います。
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