『キングダム』を長く読んでいると、ある疑問が浮かばないだろうか。なぜ李牧は、ここまで長く物語の中心に居続けているのか、正直長くね...?これ本当に完結できるの?...と。
王騎を討った馬陽、秦を滅亡寸前まで追い込んだ合従軍、鄴攻略戦、宜安、番吾、そして紀元前229年の趙完全攻略戦。李牧は一度限りの強敵ではなく、信と嬴政の前に何度も立ちはだかる「もう一人の主人公」のように描かれてきた。

『キングダム』79巻を片手に、李牧の真意と物語の伏線を考察する筆者(「はじめての三国志」主宰・おとぼけ)
2026年5月19日に発売された第79巻でも、物語はなお趙完全攻略戦の渦中にある。原先生本人が「李牧を長く描く理由」を、一つの答えとして明確に断言したわけではない。
そこで本記事では、原先生の公開インタビュー、連載前の創作歴、そして史実上の李牧を組み合わせ、原先生が李牧をここまで重要視する理由を私、おとぼけが考察してみたい。
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※ちなみに、本記事のところどころに著者である、「おとぼけ」の個人的な所感を挟んでいる。そのまま載せるとどうしても長たらしく(冗長に)なってしまうので、開閉式に折りたたんでおいた。
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※本記事はコミックス最新刊および史実のネタバレを含むので注意してほしい。
この記事の目次
理由1 李牧は連載開始前から温めていた特別な人物だった

単行本未収録の特別読切「李牧」
最初に注目したいのは、李牧が『キングダム』連載開始後に考案された敵役ではないということだ。週刊ヤングジャンプ公式サイトのバックナンバーによると、原先生は『キングダム』連載開始前の2004年4月、読切作品『李牧』を発表している。(単行本未収録の読切)
『キングダム』の連載開始は2006年だから、李牧は少なくともその約2年前から、一つの作品の中心を任されていた人物だった。これは非常に大きな意味を持つ。
通常の敵将であれば、主人公側を成長させる役割を終えた時点で退場させることもできる。しかし李牧には、本編が始まる以前から作者の中で蓄積された人格や世界観、カイネとの関係、趙北部での経験があった。つまり李牧は、秦側の物語に必要だから後から配置された「障害物」ではないのだ。原先生が春秋戦国時代を描こうとしていた初期段階から、すでに単独で物語を背負える人物だったというわけだ。この創作上の蓄積が、李牧をほかの敵将とは異なる特別な存在にした可能性がある。
参考資料・出典:週刊ヤングジャンプ公式サイト「2004年バックナンバー」――読切『李牧』の掲載記録
理由2 原先生自身が「自分に近い人物」と答えている
さらに決定的なのが、2025年11月11日にVIZ Mediaが公開した原先生へのインタビューだ。「最も自分に響く、あるいは自分に似ている人物は誰か」と尋ねられた原先生は、笑いを交えながら李牧を挙げた。一方で、「一人だけ好きな人物を選ぶなら誰か」という質問には主人公の信を挙げている。
つまり原先生は、好きな主人公としての信と、自分に近い人物としての李牧を分けているのだ。李牧は感情だけで突進する人物ではない。大局を読み、犠牲を計算し、国家全体を背負いながら、自分の思いどおりには動かない王や臣下の間で苦悩する。
この人物像は、Excelで『史記』の年表を作り、目的から必要なプロセスを組み立てる「プログラミング的な考え方」で『キングダム』を設計しているという、原先生の制作姿勢とも重なって見える。
原先生は『キングダム』について、史実を整理した年表を「設計図」として使用し、そこへ執筆中のライブ感で肉付けしていくと説明している。自分自身に近いと感じる人物であればこそ、その思考や迷いを簡単には描き切れないはずだ。李牧の出番が長いのは、単なる「作者のお気に入り」だからというより、原先生が自分自身の理性、責任感、そして理想と現実の葛藤を投影できる人物だからではないだろうか。
参考資料・出典:Excelによる年表作成と、プログラミング的な物語設計について
「キングダムは設計が命」作者が明かす制作秘話 根底にはプログラミング的な考え方がある (東洋経済オンライン)
理由3 李牧は秦の正義を問い直すために必要だった
原先生は漫画制作について、主人公と対照的な人物を配置することで、その関係性が面白くなると説明している。また、登場人物同士の関係性が弱ければ物語そのものが不明瞭になるため、相関図をもとに整理するとも語っている。
さらにVIZ Mediaのインタビューでは、キャラクターを描く際、その人物に深く感情移入し、人生をともに生きるような感覚になると回答している。これらのことから考えると、李牧の重要性は「秦にとって最強の敵」であることだけではない。
参考資料・出典:Rise of the Empire / An exclusive interview with the creator of Kingdom!(VIZMedia)
(原泰久先生へのインタビュー。李牧を自分に近い人物として挙げた発言、史実の空白を逆算して物語化する制作方法など。)
嬴政は、戦争を終わらせるために中華を一つにしようとする。
しかし、その手段は秦による武力統一だ。これに対して李牧は、秦の侵攻から趙の国土と人々を守ろうとする。両者は、ともに戦乱の終結を願いながら、一方は統一のために攻め、もう一方は現在の国を守るために戦う。どちらにも大義があり、どちらか一方だけを単純な悪とすることはできない。
もし李牧が早々に倒され、その後に残虐で身勝手な敵ばかりが登場すれば、秦の中華統一は「正義の軍が悪を倒す物語」になってしまう。李牧が長く存在するからこそ、読者は次の疑問を突きつけられるのだ。
「平和を実現するためなら、他国への侵略は許されるのか」
「李牧が守ろうとしている現在の暮らしも、一つの平和ではないのか」
李牧は秦軍を苦しめる軍事的な壁であると同時に、嬴政の掲げる正義を映し返す鏡なのだ。
参考資料・出典:【キングダム流極意!】原泰久先生のキャラクターをつくる思考法! / (イラスト・マンガ描き方ナビ)
(人物の対比や関係性を重視する制作姿勢について。)
理由4 史実の最期があまりにも劇的だから
史実上の李牧には、物語の作者なら長い助走をつけたくなるほど劇的な結末が用意されている。『史記』「廉頗藺相如列伝」では、秦の王翦が趙を攻めた際、李牧と司馬尚がこれを防いだ。
参考資料・出典:廉頗藺相如列傳(中國哲學書電子化計劃)
(李牧の処刑と、その三か月後の趙滅亡に関する記録)
そこで秦は、趙王の側近である郭開に金を与え、李牧と司馬尚が反乱を企てているという情報を流す。趙王は李牧を別の将軍と交代させようとするが、李牧は命令を受け入れなかった。その結果、李牧は密かに捕らえられて斬られてしまう。
そして李牧の死からわずか三か月後、王翦は趙軍を大破し、趙王遷を捕らえた。原先生は『史記』の空白を埋める方法について、史書に人物の死が記されている場合、そこから逆算して「その死に至る最も劇的な物語」を組み立てると説明している。これを李牧に当てはめれば、物語が長期化した理由も見えてくる。
李牧の最期を最大級の悲劇として成立させるには、読者に「この人物さえいれば趙は滅びない」と納得させる必要がある。そのためには王騎、麃公、桓騎、王翦、信らと何度もぶつけ、李牧の強さと存在感を長い時間をかけて積み上げなければならない。原先生は李牧を無意味に引っ張っているのではなく、李牧を失った瞬間に趙が崩壊する歴史的な重みを、長い物語によって作っているのではないだろうか。
理由5 信が李牧を「超えること」と史実を両立させる必要がある
『キングダム』では、李牧は王騎の死に深く関わり、信にとって因縁の相手となった。少年漫画的な展開だけを考えれば、成長した信が李牧を討ち、王騎を超えるという決着が分かりやすいだろう。しかし史実では、李牧を戦場で討ち取ったのは李信ではない。
李牧は秦軍との正面決戦ではなく、秦の反間工作と趙王側の判断によって排除される。これは原先生にとって非常に難しい課題だ。史実上の結末を踏まえながら、主人公である信にも「李牧を乗り越えた」と読者が感じる瞬間を与えなければならないのだ。信が軍事的、精神的に李牧へ迫る過程と、李牧が自国の政治によって滅ぼされる結末は、別々に描く必要がある。
だからこそ、一度の決戦では終われない。信の成長、秦軍による趙攻略、趙王朝の腐敗、郭開の暗躍、李牧と部下たちの関係を、段階的に進める必要がある。李牧編の長さは、史実と主人公の成長物語を両立させるために必要な、構造上の長さでもあるのだろう。
結論 李牧は敵役ではなく『キングダム』の裏主人公である原先生が李牧を長く描く最大の理由は、李牧が単なるラスボスではないからだと思う。李牧は、原先生が連載前から描いていた特別な人物だ。さらに原先生自身が「自分に近い」と認めた人物であり、秦の正義を問い直す思想的な対立者であり、趙の滅亡を成立させる歴史上最後の支柱でもある。
信が「夢を追いかけて前へ進む原先生」を映す表の主人公だとすれば、李牧は「全体を設計し、責任を抱え、理想と現実の間で苦悩する原先生」を映す裏主人公なのかもしれない。そう考えると、李牧がここまで引っ張られたのではない。『キングダム』という物語が、李牧をここまで必要としていたのだ。
これが、本記事でのおとぼけなりの結論だ。そして李牧の本当の見せ場は、秦軍に勝つか負けるかだけではないはずだ。国を守り続けた名将が、最後に誰から、どのような形で見捨てられるのか。その瞬間こそ、原先生が20年以上にわたって積み上げてきた「李牧」という人物の答えになるのではないだろうか。
ここまで読んでくれてありがとう。※本稿は、原泰久先生の公開発言と史料をもとにした考察です。作者本人が李牧を長く描く理由を公式に明言したものではありません。
キングダム(春秋戦国時代)ライター・おとぼけの独り言
ここからは、春秋戦国時代を長年追い続けてきた一人の読者として、少し個人的な思いを書かせてもらいたい。原泰久先生は、王騎の最期を描いた当時のことを振り返り、
「描きながら自分でもボロボロ泣いていましたね」
引用元:コミックナタリー
参考資料・出典:コミックナタリー「原泰久『キングダム』インタビュー(3/5) 王騎を倒すのは大きな壁だった」(2016年1月28日)
と語っている。王騎は物語の中で想定以上に大きな存在へ成長し、原先生自身も深い愛情を注いだキャラクターだった。その王騎の死に、作者自身が涙を流したという事実は、原先生が登場人物を単なる物語上の駒として扱っていないことをハッキリと示していると思う。
関連記事:【キングダム】王騎は実在する将軍?その偉大な功績とは?
李牧が退場した場合の懸念点
では、連載開始以前から構想され、20年以上にわたって描き続けてきた李牧が退場するとき、原先生の心には一体何が残るのだろうか。李牧は、いわば原先生が長い時間をかけて育ててきた人物だ。

キングダム FREE200P (読切『李牧』の掲載記録)
読切作品の主人公として生まれ、『キングダム』本編では王騎を討つ強敵として登場し、その後もずっと秦国の前に立ちはだかり続けてきた。さらに原先生は、公開インタビューで自分自身に最も近い人物として李牧を挙げている。そう考えると、李牧の退場は、単に一人の人気キャラクターを物語から退かせるだけの話ではない。原先生にとって、自らの一部を投影し、長年にわたって育ててきた「分身」とも言える人物との別れになるんじゃないだろうか。もちろん、史実を題材とする以上、李牧にもいつか最期が訪れる。その結末は、趙という国の崩壊と重なる、『キングダム』史上でも最大級の見せ場になるはずだ。
原先生もまた、李牧にふさわしい最期を描くため、今まさに長い時間をかけて物語を積み上げているのだろう。しかし、王騎の最期を描きながら涙を流した原先生である。王騎以上に長い年月をともにし、作者自身に近いと語った李牧を描き切ったあと、原先生の中に「とてつもなく大きな喪失感」が生まれても不思議ではない。
作品を愛す一人の読者としては、李牧の退場後、原先生が燃え尽き症候群のような状態になり、長期休載に入ってしまわないか……なんて心配すら少なからずしてしまうのだ。
もちろん、現時点で長期休載が予定されているなんて事実は一切ないし、これはあくまでおぼとけ個人の勝手な想像(というか杞憂)にすぎない。それでも、王騎の死を描いた際の原先生の言葉を知れば知るほど、李牧との別れが作者に与える影響について考えずにはいられないのだ。読者にとって李牧は、長く秦国を苦しめてきた最大の「敵」かもしれない。だが原先生にとっては、連載前から温め続け、誰よりも長い時間をともにしてきた、まぎれもない「もう一人の主人公」なのではないだろうか。なんちて。
参考資料・出典
・週刊ヤングジャンプ公式サイト「2004年バックナンバー」――読切『李牧』の掲載記録。
・VIZ Media「Rise of the Empire」――原泰久先生へのインタビュー。李牧を自分に近い人物として挙げた発言、史実の空白を逆算して物語化する制作方法など。
・「『キングダムは設計が命』作者が明かす制作秘話」――Excelによる年表作成と、プログラミング的な物語設計について。
・STUDIO「原泰久先生のキャラクターをつくる思考法!」――人物の対比や関係性を重視する制作姿勢について。
・『史記』「廉頗藺相如列伝」――李牧の処刑と、その三か月後の趙滅亡に関する記録。
・コミックナタリー「原泰久『キングダム』インタビュー(3/5) 王騎を倒すのは大きな壁だった」(2016年1月28日)
—熱き『キングダム』の原点がココに—









































