劉備が諸葛亮を自分の幕僚に加えるために三度も訪問したという三顧の礼。
三国志演義では、最初の二度の訪問時には諸葛亮は留守だったことになっています。
二度目の訪問のあと、空しく庵を後にしようとする劉備の前に、風よけの帽子をかぶり狐の皮衣を着て驢馬に乗ってやってくる人物が現れました。この人は諸葛亮の妻の父親の黄承彦。
たまたま諸葛亮の家に遊びに来たところで劉備と出会ったのですが、このとき黄承彦が吟じていた詩がなんだか名詩っぽくて気になりすます!
※本稿で扱うのは三国志演義の内容です
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黄承彦登場のシチュエーション
諸葛亮の庵の描写は、始終 俗塵を離れた風雅な雰囲気で彩られています。
庵の様子を詠んだ古体詩とやらが書かれていますが、「脩竹は交も加わりて翠屏を列し 」だの
「四時 籬落に野花は馨れり」だの、隠者の質素ながらも美しい住まいの様子が描かれています。
その古体詩、若干やりすぎ感のある描写もございます↓
「戸を叩く蒼猿は時菓を献げ 門を守る老鶴は夜な経を聴く」
野生の猿がプレゼントを持って門を叩いたりしますかね。
猿がお釈迦様に蜂蜜をプレゼントしたという話からのパクリくさいです。
あと、鶴は鳥目だから夜は経を聞かないで寝てると思います。
さて、劉備がこの風雅な庵を後にして帰ろうとしていると、門番の童子が垣根の外を手招きして
「老先生が来た!」と叫びます。劉備が見やると、小さな橋の西のほうに一人の人物が見えました。
風よけの帽子をかぶり、狐の皮衣を着て、驢馬にまたがり、後ろに青い服を着た童子を連れ、
瓢箪に入った酒を携え、雪を踏みながらやってきます。そうして詩を一首 吟じました。
むむむ、風雅です!
モダンすぎる黄承彦の詩
こうして風雅に現れた黄承彦。
劉備が屋敷に向かう途中に降り始めた雪がひどくなっており、
この時には風に舞いながら降りしきっていました。
吟じたのはこんな詩です。
一夜 北風寒し
万里 彤雲厚し
長空には雪 乱れて飄り
江山の旧を改め尽せり
面を仰げて太虚を観むれば
疑うらくは是れ玉竜の闘うかと
紛々として鳞甲 飛び
頃刻にして宇宙に遍ねし
驢に騎って小橋を過ぎ
独り嘆ず梅花の痩せたるを
「一夜」から「万里」に飛び、
「長空」で壮大なドラゴンバトルを妄想し、
「宇宙」まで広がってから、
最後はちっぽけな「梅花」に縮むという構造。
なんなんですかね、この様式美。
ちょっと、モダンすぎて物語の舞台である後漢・建安年間の詩らしくないです。
建安の頃の詩ってもっと一直線に書かれていますし、政治にからめたり故事をひいたりしながら
くどくどくどくど書いてあって、現代人から見て美しく見えるような雰囲気じゃないのが多いです。
この黄承彦の詩は、明らかに三国志演義を書いた後代の士大夫の感性で書かれています。
なにを詠んだ詩なのか?
黄承彦の詩は二通りの読み方ができると思います。
表向きには、雪の舞い散る様子がドラゴンバトルに見えたけど小さな梅に心を惹かれました、
という意味になります。
もう一つの読み方は比喩として解釈することで、一夜の風で彤雲が広がったというのが、
黄巾の乱を表しているのではないでしょうか。
「太虚には雪 乱れて飄り 江山の旧を改め尽せり」は
兵乱が広がって天下の様子が変わってしまったよ、という意味。
「紛々として鳞甲飛び 頃刻にして宇宙に遍ねし」は
竜の鱗のきらきらする様子を刀や戟の刃がきらきらする様子にたとえたのではないでしょうか。
あっという間に刀や戟がそこらじゅうでチャンチャンバラバラやる世の中になってしまったというのが、
「頃刻にして宇宙に遍ねし」の部分。
そうして天下大乱に思いを馳せながらちっぽけな橋を渡ると、
雪に半ば埋もれながらぽつんと咲いているような梅の花が見えました。
この最後の「独り嘆ず梅花の痩せたるを」の部分ですが、
痩せている梅花は何の比喩でしょうか。
天下大乱で追い詰められてくすぶっている劉備のことをたとえたのか、
それとも志を持ちながら飛躍の機会を得られずにいる隠士をたとえたのか。
いずれにしても、結局は政治くさい詩であることには変わりありませんね。
三国志ライター よかミカンの独り言
三国志演義の三顧の礼の場面では、いろんな登場人物が詩を読むシーンがありますが、ほとんどの詩が興冷めなコマーシャルソングのようなものであるのに対し、黄承彦の詩だけが目立って美しいです。
三国志演義を書いた人は、この部分を書いた時には“神が降りてきた!”と思いながら書いたのではないでしょうか。これの文学的価値は全然分かりませんけれども、三国志演義に出てくる詩の中でいちばん美しげな詩はこれなんじゃないかなーと思います!
参考文献:岩波文庫『完訳 三国志(三)』1988年7月7日 小川環樹/金子純一郎 訳
(詩の書き下し文の引用元)
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