三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

三国志の雑学

文化の違いを理解すれば三国志がより分かる!日本と中国では、こういう所が大違い?

孫権日本
この記事の所要時間: 650




孫権日本

 

海を隔てて、隣同士の日本と中国、顔つきもよく似ていて、同じ漢字の国で、

親近感を持つ人もいるようですが、実は、この二つの国の文化は大きく違います。

その違いは、それこそ多岐に渡りますが幾つかを紹介しましょう。




羊を盗んだ父を告発した子に対する、孔子の驚きの答え

孔子 儒教

 

中国における孝(こう)は、公(こう)を遥かに超える価値として存在します。

つまり、親孝行は、主君への忠義に勝るというのです。

それを端的に記す逸話を孔子(こうし)の話から拾ってみましょう。

 

ある県の長官が孔子が訪問した際に、こんな自慢話をします。

 

「私の県には、父親が羊を盗んだ事を告発した正直な息子がいます」

 

すると、孔子は、このように言い返しました。

 

「それは私の故郷の正直者とは違います、父は子の為に罪を隠し、

子は父の為に罪を隠す、これこそ正直さです」

 



公よりも孝を優先する中国人の思想

 

ここには、泥棒であれば、肉親でも告発するのが正しいという

日本的な倫理観に真っ向から対立する価値観があります。

もちろん、人間であれば、肉親を庇いたいという気持ちはあります。

でも、公共の安寧の為には、そんな私情は許されないでしょう。

ところが、儒教の価値観では、私情が優先され、親は子を庇い、

子は親を庇う事が美しいとされるのです。

 

中国は、今も昔も縁故採用の世界であり、賄賂と汚職が絶えませんが

そこには、身内と見做されたものはとことん庇うという、

儒教の価値観が反映されているように感じます。

 

退却が恥である日本、最期に勝てばいい中国

劉邦

 

戦争においても、中国と日本では、根本的な部分に違いがあります。

島国の日本では、まず、退却する事を恥と見做す文化があります。

それは、海に囲まれた島国の特性で、退却に限りがあるからでした。

 

一方の中国では、逃げる事を恥とする文化はありません。

漢の高祖、劉邦(りゅうほう)を始め、旗色が悪くなったら逃げるのは常套手段です

もちろん、大陸である中国では運が良ければ、どこまでも逃げられます。

 

必死に逃げ回りながら、謀略を駆使して、相手の力を削ぎ、

味方を増やして、いつの間にか逆転するというのが中国における名将で、

最期に勝ちさえすれば、恥も外聞もないのです。

 

この大陸的な戦争スタイルに、日本は苦しめられ、日露戦争でも、

支那事変でも、泥沼の消耗戦に引き込まれました。

 

関連記事:劉邦(りゅうほう)ってどんな人?百姓から頂点を極めた漢の建国者

関連記事:劉邦や劉備も手本にした人物 「重耳」 とは?

関連記事:人材を使いこなす事で天下を取った劉邦

関連記事:劉備と劉邦

 

美しい勝ちに拘(こだわ)る日本、勝つ事のみに拘る中国

孟達 司馬懿

 

日本の戦争は、習慣の近い、幾つかの民族同士の島国における戦争です。

そこでは、外来者という意識は薄く、同族同士の抗争が起きるので、

目を背けるような徹底した非戦闘員の虐殺というのは、あまり起きません。

 

同時にそこでは、美しく勝つという感覚が産まれ、卑怯、卑劣、

見苦しい戦い方は、激しく嫌われました。

 

もう、勝ち目がないのに、見苦しくあがくと、「往生際が悪い」

「武士にあるまじき振舞い」と批判され、勝利も敗北も美しく、

キレイに勝って、執着せずあっさり死ぬのが美徳とされました。

 

一方の中国は、多民族国家であり、しかも、その勢力圏が、

激しく入れ替わりました。

戦いの相手は、あかの他人であり、一切の情け容赦がなく、

女子供に至るまで、皆殺しは珍しくありません。

 

それこそが報復を免れる唯一の合理的方法だからです。

 

敗れても助命されないのですから、どんな卑劣な手を使っても

生き残ろう、勝ち残ろうとします。

当然、その戦争における被害者はケタ違いになり、憎しみは連鎖し

おびただしい血が流される血ぬられた乱世が続きます。

 

孝忠の国、中国、忠孝の国日本

日本 三国志

 

共に、儒教の大事な徳である、孝と忠、「孝」とは、

親に孝行を尽くすという美徳であり「忠」は主君に尽くすという美徳です。

海を隔てて、近い両国ですが、とりわけ忠と孝の順序については

全く、正反対になっているのです。

 

忠の為におのれの生命を投げだす、楠正成(くすのき・まさしげ)

日本 皇帝

 

日本においては、主君の為に、生命を捧げるのが美徳とされます。

 

後醍醐天皇の側近で、建武の新政の功労者、楠木正成は

天皇に一度は敗北して逃げた足利尊氏が、天皇の政治に不満を持つ武士を、

味方につけて再び強大になった事を危惧します。

 

そして、「尊氏と和睦して、武士の言い分も聴いて下さい」と

帝に諫言しますが、容れられず、手勢800騎を引きつれて、

尊氏の3万の大軍と戦い戦死しました。

 

本来ならば、融通の利かない主君は見限って敵に寝返っても、

非難されない乱世でありながら、敢えて最期まで天皇の忠臣として

戦い死んだ正成は、忠義に生きた武士の鑑とされました。

【次のページに続きます】




ページ:

1

2

関連記事

  1. photo credit: SEALDs demonstration via photopin (license) 安保法案ってなに?三国志で理解する安保法案【今さら聞けない】
  2. 貂蝉 三国志 卑弥呼説 歴史の影に女あり!絶世の美女たち
  3. 舛添要一 wiki 舛添都知事「五千万問題」三国志の時代だと、どんな罪?
  4. 楊儀と魏延 【シミルボン】これはヤバいよ!裏三国志 大流行したドラッグ五石散…
  5. 朝まで三国志 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第7部
  6. 祁山、街亭01 125話:何で孔明や姜維の北伐は街亭や祁山にこだわったの?
  7. 劉備 ゆるキャラ 83話:劉備は荊州四郡をゲット!怒涛の快進撃
  8. 劉禅と孔明 日本人必見!楠木正成(くすのき・まさしげ)は孔明に並ぶと讃えられ…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 徐庶と出会う劉備
  2. 太陽 三国志 写真
  3. 呂不韋
  4. photo credit: Glacier bay, Alaska via photopin (license)
  5. 賈詡
  6. 張飛と本多忠勝
  7. 董允
  8. 旅 三国志
  9. 曹操 油断
  10. 劉禅

おすすめ記事

  1. 【井伊直虎の細腕城主一代記】婚期を逃した戦国女の意地とプライド おんな城主 直虎 引用
  2. 小早川隆景(こばやかわ たかかげ)とはどんな人?毛利を支えた三本の矢 小早川隆景 wiki
  3. 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部 朝まで三国志
  4. 【ネオ三国志】第1話:蒼天航路の主人公・曹操立つ 蒼天航路
  5. 魏の2代目皇帝・曹叡(そうえい)はいったいどんな仕事をしていたの? 曹叡
  6. 人材を使いこなす事で天下を取った劉邦 劉邦おんぶ 優秀な人材

三國志雑学

  1. 劉禅
  2. 嫪毐 ろうあい
  3. 劉備
  4. 撃壌
  5. 司馬懿と曹操

ピックアップ記事

  1. 始皇帝と星空
  2. 射抜かれる曹操
  3. 蒼の三国志
  4. 曹宇
  5. 朝まで三国志
  6. 蔣琬
  7. ハンニバル
  8. 毛沢東

おすすめ記事

後継者争い 劉協と劉弁 13話:霊帝の後継者争い、劉協と劉弁、二人の皇子を巡り蹇碵と何進は争う 01_main はじめての三国志 X 大戦乱!!三国志バトル 何皇后(毒蛇) 何進 何皇后はなぜ宦官の味方をしたのか? 劉禅 三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの? 庶民、村人の家 三国志の時代の庶民の家はどんな建物をしていたの? 司馬朗 司馬朗(しばろう)とはどんな人?司馬懿でさえ頭が上がらない偉大な兄の生涯 曹萌 曹操の曽祖父 曹萌(そうぼう)は元祖、萌えキャラだった? 霊帝 無能 12話:黄巾賊の反乱を平定した漢王朝と残念なくらい無能な霊帝

おすすめ記事

  1. 怪力無双の豪傑武将は三国志にも実在した!?現代科学が解き明かす超人の秘密! 劉備 黒歴史
  2. 年末年始にまとめ読み!これを読めば三国志が丸わかり30選【総集編】 2015年 感謝
  3. 実は孔明は墨者(ぼくしゃ)だった!?意外すぎる6つの理由 孔明  墨者
  4. 神回『犬伏の別れ』の裏側、真田丸と韓信には深い関係性があった 真田丸
  5. 正史『三国志』と言うけれど、正史って、なに? 大橋先生&小橋先生
  6. 【授業に出るかも】正史三国志と三国志演義の違いは何? 三国志演技 三国志正史
  7. 名推理!三国志時代にも名裁判官が存在した!? 張挙
  8. 荀彧は曹操の下でどんな仕事をしていたの?尚書令について超分かりやすく解説 荀彧 曹操

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP