張儀(ちょうぎ)とはどんな人?合従策に対抗した外交策を立て歴史に名を残した遊説家 Part.3【完】




 

理解者・恵王の死

張儀(ちょうぎ)は燕が秦と盟を結ぶことを恵王(けいおう)に報告する為、

秦へ向かいます。

彼は秦の首都である咸陽(かんよう)に到着する寸前に一人の使者が張儀の前に

現れ「恵王様が亡くなられ、太子が王の位を継ぐ事になった。」と伝えます。

張儀はこの話を聞き、前王である恵王の死を大いに嘆き、悲しみます。

 

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前回記事:張儀(ちょうぎ)とはどんな人?合従策に対抗した外交策を立て歴史に名を残した遊説家 Part.2

 

 

王から臣下まで皆が嫌い

 

恵王の後を継いだ武王(ぶおう)は太子時代から張儀の事が大っ嫌いでした。

家臣達も張儀の事が嫌いで、彼がいない事を良い事に武王へ彼の悪口を

言いまくります。

秦が張儀を重用していないと知った各国は、秦との盟を破棄して、

六か国同盟を形成して行きます。

 

 

命の危機がせまる

 

張儀は秦へ帰国すると、燕と秦の盟を締結してきたと武王に報告します。

この報告をした時、王と群臣達の雰囲気がいつもと違う事に気付きます。

張儀の報告を聞いた武王はただ頷き、彼を下がらせます。

この報告をしてから数か月が経ったある日、

斉から使者が来ます。

この使者は「張儀の身柄を引き渡さなければ、各国と連合軍を形成して、

秦へ攻め込む。」と斉王の言葉を武王へ伝えます。

張儀はこの斉の使者の口上を聞いており、自らの命に危険が迫っている事を感じます。

 

秦の官職を捨て、魏へ逃亡する

 

張儀は斉からの圧迫と武王から嫌われている事を知り、

自らの命の危機が迫っている事に気付きます。

彼はこの現状を打破する為、武王に策を献じます。

張儀は「王よ。私は斉の国が秦へ攻め入らないようにするため、

国を去りたいと思います。

私は魏へ向かいますので、魏と斉が争っている隙に、

韓を攻撃して洛陽周辺の土地を奪い取るのがよろしゅうございます。」と

進言します。

武王は張儀の最後の進言を取り入れる事にします。

張儀は秦を去って、魏の国へ向かいます。

 

斉王へ使者を送る

 

張儀は魏の国へ到着すると、魏の哀王(あいおう)は彼を快く受け入れ、

宰相の位に就任させます。

斉王は張儀が魏に逃げ込んだと知ると、すぐに大軍をもって魏へ攻め込みます。

哀王は魏の国土が魏へ奪われている状況を心配して、張儀へ相談します。

相談を受けた張儀は「王よ。心配する事はございません。

私が必ず斉王の攻撃を止めて見せます」と言い、

部下を楚に向かわせた後、斉王の元へ向かわせます。

このようにすることで、魏からの使者だと思わせずに済むため、

このような手段を取ります。

 

斉王との会談

 

張儀の部下は斉へ入ると斉王に会見を申し入れます。

斉王はイライラしながらも張儀の部下を受け入れます。

張儀の部下は斉王と会見すると「王様はなぜ張儀を助ける行動を取るのですか」と

尋ねます。

斉王はこの言葉を聞いて激怒し「私が張儀を助けているだと、ふざけたことを申すな。

私は奴が憎くて、魏を攻めているのだ。どうして奴を助けるであろうか。」と

怒りをぶつけます。

張儀の部下は斉王の怒りに動じず「果たして王様が言ったのは本当でしょうか。

彼は秦を出てくるとき、武王にこのように申したそうです。

「私は魏へ向かいます。私が魏へ入れば、斉は必ず魏に攻め込みますので、

王はその隙をついて、韓を攻撃して領土を拡大するべきです」と。

さて現在王は、張儀を殺す為魏へ攻め込んでいますが、

この状況を一番喜んでいるのは標的にされている張儀なはずです。

なぜなら自分が献策した策の通りになっており、

武王から信頼を得る事が出来たからです。

もし王が本当に張儀を憎んでいるのでしたら、すぐに魏へ攻撃する事を止め、

武王と張儀の信頼関係を打ち砕くことに注力するべきだと思います。」と提案。

斉王はこの言葉を聞くと「あなたの言う通りだ。魏への攻撃を止めよう。」と

伝え、斉軍をすぐに引き上げさせます。

こうして張儀の策の通りに事は進み、魏の哀王は彼を厚遇します。

しかし張儀は魏の危機を救った翌年波乱に満ちた生涯を閉じる事になるのです。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

張儀は蘇秦と並んで、弁舌の身で戦国七雄(秦・韓・魏・趙・燕・斉・楚)と

言われた国々を動かした外交家です。

蘇秦は秦を除いた六国を同盟させて秦に対抗する外交策を各国に提案。

張儀は蘇秦とは反対に六か国を秦と同盟させる外交策である連衡(れんこう)

と言われる外交策を提案していきます。

この二人は各々の外交策を成功させた事で、中国史に名を刻み、後世まで伝えられる

事になります。

しかし史記を書いた司馬遷は「彼らは弁舌で国を左から右に動かした者で、

非常に油断のならない人物である」と評価しております。

私は司馬遷の評価も一理あると思いますが、武力を用いず歴史に名を残した事は

評価に値する実績であると思います。

「今回の春秋戦国時代のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまた初めての三国志でお会いしましょう。

それじゃまたにゃ~。」

 

—熱き『キングダム』の原点がココに—

春秋戦国時代

 

 




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