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李陵(りりょう)とはどんな人?キングダムの李信を先祖に持つ悲運の将軍【後半】

この記事の所要時間: 921




photo credit: Wonderwall via photopin (license)

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李陵(りりょう)はこうして幾度も匈奴軍を蹴散らして、勝利を得ながら漢の国を目指します。

しかし匈奴軍の追撃は緩まることなく、繰り返し追撃を行ってきます。

李陵軍は漢と匈奴の国境100里地点(40キロほど)にある山地に入り、

小休止を取ります。

しかし李陵が小休止を取ったこの山を匈奴軍が包囲。

そのため李陵は死を決し、攻め寄せる匈奴軍を迎撃し、何とか勝利を得ます。

だがこの戦いで弓は尽き、刀は折れ、武器がほとんどなくなってしまいます。

 

前回記事:李陵(りりょう)とはどんな人?キングダムの李信を先祖に持つ悲運の将軍【前半】




矢尽き・刀折れ、匈奴に降る

信 キングダム

 

李陵はこうした危機的状況を正直に兵士たちに伝え、

残っている食糧を兵士達に分配。

兵士達に感謝の言葉をかけながら、山を下りるように伝えます。

こうして兵達に兵糧を配り終えた李陵は、兵士達をバラバラに下山させ、

側近と共に自らも逃走を図ります。

このとき彼に付き従ったのはたったの数十人でした。

匈奴の単于は李陵の部隊を捕捉し、激しい攻撃を仕掛けてきます。

李陵は力の続く限り戦いますが、側近の武将は討たれ、

数十人の兵士達は皆討たれてしまいます。

李陵は奮闘むなしく、ついに匈奴へ降伏することになります。




李陵の降伏に激怒

 

武帝は李陵が降伏したことを知って激怒し、

李陵の処罰をどのようなものにするか、会議を開きます。

群臣は武帝の怒りを恐れ、「李陵を罰するべきである」と武帝に進言します。

しかし一人の臣下が群臣の意見に真っ向から反対します。

その臣は会議の内容を記録する係として参加していた司馬遷です。

 

たった一人で李陵を弁護

photo credit: Purple Tongue via photopin (license)

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武帝は何となく司馬遷(しばせん)に「意見があるなら言え」と

進言を促します。

彼は末席から「李陵は武勇に優れており、衛青大将軍亡き後、

漢軍を率いるにふさわしい器量を持っていると思います。

その証左として、5千の兵士で数万の匈奴軍に何度も勝利を得ております。

最後の一兵士になるまで戦い抜き、

どうにもならなったため、降伏したとの報告がございます。

そのため、一度彼の戦いぶりをしっかりと調査した後で、

罰しても遅くはないと思います。」と毅然とした態度で武帝に進言。

武帝は彼の意見を聞き、表情に怒りを表します。

「黙れ。朕(ちん)はお前にそのような意見を求めていない。」と言い放ちます。

そして武帝は群臣を解散させ、奥へ下がります。

 

男の大事なところがきられる

photo credit: Honey Agaric via photopin (license)

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司馬遷は武帝からキレられ、宮殿から下がります。

その数日後、家に役人が訪れてきます。

その役人は司馬遷に「腐刑に処す」と伝えてきます。

腐刑とは男の証である大事なところをぶった切る刑です。

役人は司馬遷に「大金を払えばこの刑を逃れることができる。」とも伝えます。

すると司馬遷は「そんな大金は家にありません。刑を受けます。」と

言い、腐刑を受けます。

想像するだけで痛さを感じることができると思います。

司馬遷は大事なところをちょん切られ、生死の境を彷徨うこと数日、

何とか命を繋ぎ留めます。

 

奥さんをはじめ一族すべてが殺される

 

李陵は匈奴に降ってから数年後、単于に呼ばれます。

単于は李陵が来ると、

沈痛な面持ちで「李陵。お前に知らせなければならないことがある。」と言います。

李陵は「何でしょうか」と単于の表情を伺いながら尋ねます。

単于は「お前の一族が漢の皇帝に殺された」と悲しい表情をしながら伝えます。

李陵は何を言われたのか分からなかったが、数分の沈黙後、

単于からの言葉を理解し、単于に何も伝えぬまま出ていきます。

 

一族が全員殺される

photo credit: Purple haze via photopin (license)

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李陵の一族が殺された原因は漢の将軍である公孫敖(こうそんごう)が、

誤った情報を武帝に伝えたことが原因です。

彼は匈奴に遠征した際、匈奴の兵士を捕虜にします。

この捕虜に李陵の様子を聞きます。

すると捕虜は「李陵将軍が匈奴軍に戦術を教えてくれて言います。」と

述べます。

公孫敖は捕虜の言葉をそのまま武帝に伝えます。

すると武帝は激怒し、李陵の一族すべてを殺害します。

しかしこの情報は間違っていたのです。

 

誤報が伝わった原因

 

なぜ間違った情報が武帝に伝わってしまったのでしょうか。

原因として考えられるのは、

捕虜となった匈奴軍の言葉を翻訳した人が間違えて、翻訳したことが考えられます。

漢語と匈奴の言葉は違い、匈奴の言葉がわかる翻訳者が必要です。

匈奴の兵士は翻訳者に李諸と伝えます。

しかし翻訳者が李諸(りしょ)と李陵を聞き間違えて、公孫敖に伝達。

公孫敖はこの間違えた情報を武帝に伝えた事が原因で、

李陵の一族が全員殺されてしまうことになります。

 

怒りと悲しみに打ち震える

 

李陵は単于の元から去ると、怒りと悲しみにより、

あたりかまわず八つ当たりします。

単于は彼が荒れていることを知りますが、黙認。

そして自分と同じ姓を持った李諸を憎み、彼を殺害します。

 

単于に命を救われる

 

李陵に殺害された李諸は単于の母と親密な関係にありました。

そのため単于の母は李諸を殺した李陵を憎み、単于に彼を罰するよう懇願します。

単于は母の懇願を一度はやり過ごします。

だが彼女は単于が李陵を罰しないことに怒りを覚え、

李陵の殺害をもくろみます。

単于は母が李陵の殺害を試みていることを知り、

彼の命を助けるため、寒さの厳しい北方へ行くよう命じます。

こうして李陵は単于に命を救われ、母が亡くなると、

すぐに李陵を呼び戻し、従来通りの暮らしをさせます。

【次のページに続きます】




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