春秋戦国時代

はじめての三国志

menu

執筆者:おとぼけ

【関羽の北伐】麋芳、士仁はなぜ関羽に嫌われてたの?

この記事の所要時間: 245




劉備 関平

 

まったく活躍の場が見られない麋芳(びほう)ですが、兄はあの麋竺(びじく)です。

劉備の入蜀の際には諸葛亮孔明よりも席次が上だったという麋竺。

劉備の配下のなかでも重臣中の重臣といえます。

また、妹の麋夫人も劉備の夫人でした。

麋芳は、ある意味「コネ」によって破格の出世ができたともいえます。

劉備が入蜀した際には麋芳は荊州に残され、

南郡の太守を務め、荊州の総督である関羽の命令下にありました。




士仁(しじん)とは

劉備 危機一髪

 

幽州の出身である士仁は、かねてから劉備に仕えていた古参の将だと思われています。

活躍の場面はまったく描かれていません。

劉備が入蜀した際には荊州に残り、公安城の城代を務めています。




関羽との関係

陸遜 関羽

 

日ごろから関羽と麋芳・士仁の関係は良くなかったと云われています。

理由はよく伝わってはいません。

しかし関羽の性格を考えると想像ができます。

関羽はかなり頑強な現実主義者です。能力主義者でもあります。

力の有る者は大いに認め、敬いますが、

逆に官位が高くとも能力が低い者に対しては侮蔑することが多かったようです。

仮に麋芳がコネだけの人物であり、士仁が古参であるというだけで重く用いられているようでしたら

関羽はかなりシビアに彼らの言動を見つめていたことでしょう。

 

関連記事:関羽は味方に嫌われ孤立していた?その驚くべき理由とは?

関連記事:実は面倒くさい性格?関羽のクレーマー事案を紹介

 

嫌悪感は相手に伝わる

関羽

 

相手に対して好意をもっていればおのずとその気持ちは伝わります。

逆に相手に対して嫌悪感をもっていれば自然とその気持ちも相手に伝わるものです。

麋芳、士仁は関羽が自分たちを軽んじていると感じていたようです。

それが日ごろからの折り合いの悪さに繋がっていったものと考えられます。

 

関羽の北伐の際の不手際

馬超フルボッコ02 関羽

 

219年に関羽はいよいよ北上し、魏の樊城を攻めます。

このとき後方支援と呉への警戒を任されたのが南郡太守の麋芳と公安城に入っていた将軍の士仁です。

しかし関羽と彼らの連携は上手くいかず、麋芳や士仁らは兵糧の供給だけに専念し、援軍を出さずに関羽の怒りをかいます。

また麋芳は南郡で出火の不手際をおこしてしまいさらに精神的に追い込まれることになります。

事実、関羽は北伐の最中に麋芳、士仁らを戻り次第に処罰するとうそぶいていたそうです。

日ごろから相性の悪かった関羽と麋芳・士仁の関係は悪循環に陥っていくのです。

 

呉への降伏

関羽 死

 

同盟国である呉に裏切られなければ、関羽の快進撃は留まることはなかったでしょう。

実際に魏の名将である于禁や龐徳を倒しています。

曹操も許都の遷都を本気で考えたと云われています。

この関羽の猛進に水を差したのが、味方である麋芳であり士仁でした。

呉の呂蒙の策略に見事にはまり、まず士仁が呉に降伏します。

続いて南郡の麋芳が降伏した士仁の姿を見て同意します。

兵站の道を断たれた関羽はやがて滅亡の道を辿っていくこととなります。

 

もし、関羽と麋芳・士仁の関係が良好だったら

関羽 関索

 

少なくとも麋芳の早期降伏は防げたはずです。

籠城を続けていれば、関羽からの援軍が間に合っていたかもしれませんし、

蜀からの援軍が到着できていたかもしれません。

しかし関羽に恨みを抱いていた麋芳と士仁はさして抵抗することもなく呉の軍門に降ります。

ここで粘って籠城して抵抗しても、

帰城してきた関羽に処罰されるのであれば抵抗するだけ無駄だと感じたのでしょう。

これは猛将関羽の唯一の落とし穴でした。

 

関連記事:歴史上最も有名な義兄弟の誕生!桃園の誓い

関連記事:蜀が好きな皆さんへ!五分で分かる桃園の三兄弟の逸話を紹介

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

ろひもと理穂

 

関羽が許都を突いていたら歴史はどう変わったのでしょうか。

益州、荊州を補給地として豫州や司隷に大きな勢力を築けていたのかもしれません。

そうなると曹操の独走を防げたのは間違いないと思います。

北伐の際の馬謖といい、このときの麋芳・士仁といい、蜀は人材不足を否めません。

関羽と部下の間に入ってクッションのような役割を果たせる人材がいればまた話は違ったのではないでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:蜀ファンに衝撃!実は関羽は劉備の部下ではなく群雄(同盟主)だった!?

関連記事:【特別企画】関羽の最強の噛ませ犬は誰か?最強決定戦!!

 




よく読まれている記事

曹操01

 

よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

この記事を書いた人:ろひもと理穂

ろひもと理穂

■自己紹介:

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。

 

■好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

 

■何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 鄧芝(とうし)ってどんな人?|敵国孫権に愛された蜀の名使者
  2. 3月レキシズルバーSP「はじめての三国志」をやってきたよ
  3. 曹丕が建国した魏ってどんな王朝でどうやって滅びたの?
  4. kawausoって、何者?
  5. あけましておめでとうございます、2015年も「はじめての三国志」…
  6. 石川克世って、何者?
  7. 邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?
  8. 羌・鮮卑・烏桓だけではない!南の異民族を徹底紹介

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. とっても地味な孫権の息子達7名を一挙紹介
  2. 孫堅が伝国の玉璽を手に入れたわけ
  3. 嫪毐(ろうあい)ってどんな人?男のウェポンで天下に名をとどろかせる
  4. 72話:劉琦の恩返し、劉備江夏城へ入る
  5. 諸葛孔明の影に隠れる劉備
  6. 2分で分かる合肥の戦い その1 はじまりの裏側

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

【劉孫同盟誕生秘話】孫呉の内部は新劉備派と反劉備派に割れていた 【キングダム】驚愕!信の血筋はなんと皇帝に即位していた! これはキツイ!健康が回復するかで刑罰が決まる保辜(ほこ) もうやってられない! 三国志の時代ではどのような理由で主を変えてたの? 【シミルボン】これは意外!モノマネが大好きだった三国志の人々 【日中清廉潔白対決】北条泰時VS諸葛亮孔明 正史の張郃(ちょうこう)ってどんな人?劉備や孔明も恐れた魏の猛将 若かりし曹操は熱血漢

おすすめ記事

  1. 40代の劉邦が20代の項羽を討ち天下統一することは天命だった!?
  2. 王莽(おうもう)ってどんな人?中国史で最初に帝位を譲りうけた人物
  3. 【これはひどい】孫皓が天下統一できると勘違いした占いとは?
  4. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【10/31〜11/6】
  5. ひでえ!!孫権を騙して魏と戦わせた魯粛と周瑜が腹黒過ぎる
  6. 朱儁(しゅしゅん)とはどんな人?董卓を恐れずに反対意見を述べた人物
  7. 袁術祭り開催日程のお知らせ
  8. 【ネオ三国志】第6話:曹操美女にうつつを抜かして大敗北【蒼天航路】

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP