楊端和(ようたんわ)の最期を考察|史実の記録と過去の3つの予想【キングダム】

2017年1月15日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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楊端和

 

※原作漫画の展開に触れます。

この記事の「壮絶な戦死」「秦との不和」「故郷への帰還」は、楊端和の結末を考えた過去の予想です。戦死が確認されたという報告ではありません。

その後も物語は進み、単行本79巻の公式紹介では、趙完全攻略戦で楊端和が青華雲の矢を受ける展開が説明されています。以下の古い予想や565話時点の説明は、現在の戦況とは分けてお読みください。

また、史料に名前が登場しなくなることと、その時点で戦死したことは同じではありません。史実の記録だけで漫画の退場時期や結末が決まるわけでもありません。

参考:集英社『キングダム』79巻

ここからは過去の考察です。本文中の「現在」は、それぞれの記述時点を指します。

女性でありながら、圧倒的な武力を持って山の民をまとめ、さらに勢力の拡張を図っている事から別民族に山界の死王と恐れられる楊端和(ようたんわ)バジオウやタジフのような屈強な戦士を引き連れているその戦闘力は、中原の諸民族にとっても脅威であり、蕞(さい)の防衛戦においては、秦王政との盟約を守りバンコ族との戦闘を一時中断してまで救援にやってきました。

 

秦王(始皇帝)に会見で近づく荊軻

 

その功積により大上造(だいじょうぞう)の爵位を受けて、現在、秦の将軍として趙攻略戦にも従軍している楊端和は、この後どうなってしまうのでしょうか?

 

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そもそもどうして楊端和は秦軍に参加しているのか?

キングダムと三国志

 

元々、秦の人間ではない楊端和は、どうして秦の戦争に参加しているのでしょう?

これまでも何度か、秦王政の窮地に駆け付けた事はありますが、そのまま従軍する事はありませんでした。

 

政

 

楊端和が秦の将軍として従軍した大きな理由としては、政が加冠の儀を終えて自分の手で政治を行えるようになったという事があります。秦と山界の民は、数百年前に秦の穆公(ぼくこう)と山界の民で盟約を結び、共存共栄の約束をかわしていました。

 

バジオウ

 

しかし、穆公の死後、約束は反故にされ、山の民は迫害を受けて秦を恨んでいるという事態に陥ります。そこへ秦王政がやってきて、過去の約束を反故にした事を謝罪し、改めて中華を統一して争いの無い統一王朝を造る事を宣言します。楊端和にとっても平地の秦人に迫害されない太平の世の出現は、望んでいた事なので、先祖の報復をすべしという声を抑えて、再び秦王政と盟約を結ぶに至ったようです。つまり、楊端和は秦王政の中華統一の完成によって、山の民も利益を受けると考えているので、最期の統一まで秦の将軍として付き従うと予測されます。

 

史実版の春秋戦国時代の年表

 

 

史料の記録から楊端和の退場を考えた過去の考察

キングダム 政

 

そんな義理堅い楊端和ですが、彼女の史実への登場は紀元前229年までです。

※言うまでもないとは思いますが史実の楊端和は男です。

 

秦による中華の統一は紀元前221年ですから、それより8年前に消えるという事になります。

 

炎上する城b(モブ)

 

紀元前229年河内の兵を率いて趙の首都である邯鄲(かんたん)を囲む。翌年、王翦(おうせん)と羌瘣(きょうかい)が趙を平定した。これが楊端和に関する最期の史記の記述であり、以降はありません。当時は、史料でその後の動向を追えなくなることを、漫画での退場を考える手掛かりにしました。ただし、記録がないことは、その後に活動しなかった証明にはなりません。

 

キングダム武将の哀しすぎる最期

 

【過去の予想1】趙との戦いで戦死する可能性

李牧

 

紀元前229年の趙との戦いは、王翦、楊端和、羌瘣が出陣しますが、李牧(りぼく)と司馬尚(しばしょう)という二人の将軍の前に大苦戦を強いられると書かれています。これにより、秦は方針変換し、趙の佞臣郭開(かくかい)に賄賂を送って李牧を讒言させて排除するのに成功するわけですが、その前に大苦戦というハードルがあります。

 

兵士 朝まで三国志

 

この大苦戦を端的に表わすのは、やはり味方の将軍の戦死ではないか?

 

水滸伝って何? 書類や本

 

というような気がするのです。しかし、羌瘣のフェードアウトは、紀元前228年、王翦は紀元前223年です。つまり史実的に紀元前229年に殺すわけにはいきません。こうした前提から、当時は楊端和の戦死という展開を予想しました。

 

ネズミで人生を変えた李斯

 

楊端和は、熾烈を極める趙との戦いで戦死、後をバジオウかタジフが引き継ぎその亡骸を率いて山に戻る事になり、秦は兵力が減少、その対応策として李斯(りし)あたりが離間の計を発動!そういう筋立てではないでしょうか?

 

キングダムと三国志の違い

 

【過去の予想2】秦との不和による離脱

秦の旗を掲げる兵士

 

楊端和の最終目標は、戦乱の中華が統一された後、秦人に迫害されない山の民と秦人との共存共栄の世界を造る事です。それが達成されると信じる間は、付き従うでしょうが、不可能になれば秦軍を離れると言う事になるでしょう。

 

嬴政(始皇帝)

 

考えられるのは、秦王政の心変わりによって約束が履行されないと確信する。この場合には、山の民は穆公の時と秦王政で二重に騙されるので、その場で報復するでしょう。いきなり、趙の側に立って参戦し秦軍に襲いかかるかも知れません。或いは、その行動によって王翦や羌瘣は大苦戦するという事になるかも知れませんね。

 

 

【過去の予想3】故郷を守るための帰還

祁山、街亭01

 

物語では、楊端和は勢力圏を拡大しようと匈奴の領域まで入り、そこで李牧の計略によって全滅した匈奴軍十万を発見しています。つまり、山の民の生存圏と匈奴の領域は重なりあうという事です。そこで、逆に李牧が匈奴を扇動し、山の民の領域を侵すように仕向けたとしたらどうなるでしょう。

 

匈奴の劉淵

 

楊端和は戦争どころではなくなり、故郷に帰還せざるを得なくなりそれを秦は止める事は出来ないでしょう。こうして、楊端和は軍を率いて戦場を離脱し、匈奴との戦いに追われ、戻る事が出来ないまま、フェードアウトするという流れです。

 

キングダム年表

 

 

【565話時点の振り返り】楊端和の登場

 

しばらく戦場に出てきていなかった楊端和が登場しました。場所は、バジオウ等鳥牙族(ちょうがぞく)が追いつめた犬戎族三首領の長兄ゴバの背後、形成不利とみて、橑陽城(りょうようじょう)に逃げようとするゴバの退路を塞ぐ相変わらずカッコいい登場です。ところが、楊端和の智謀を上回る相手が趙にはいました。

 

—熱き『キングダム』の原点がココに—

春秋戦国時代

 

 

キングダムウォッチャーkawausoの独り言【過去の考察】

kawauso 三国志

 

kawausoは楊端和という存在は、一種の助っ人の地位から外れる事はないと思います。従って、秦軍に馴染んだ頃に、何らかの理由でフェードアウトする事になり、別の将軍がピックアップされてくるのだと考えています。それが戦死か秦王政との不和か李牧の計略によるものかは分りませんが・・

 

キングダムを100倍楽しむ

 

 

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

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