え?武田勝頼って武田家二代目代理なの!?




劉禅と孔明

 

三国志でも初代が偉大な功績を残したりすると二代目苦労をすることになります。

これは三国志に限った事ではありません。

日本の戦国時代も同じです。

今回は偉大なる父・武田信玄から武田家の当主の座(仮)を引き継いだ

武田勝頼(たけだかつより)についてご紹介しましょう。

 

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青年期に諏訪家に出される

武田勝頼 wikipedia

(武田勝頼 wikipedia

 

勝頼は武田信玄の四男として誕生します。

幼名は四男なので四郎です。

彼は信玄の命令によって武田家から養子として名家である諏訪氏へ行くことになります。

そして彼は武田姓から諏訪(すわ)姓に改姓することとなり諏訪四郎勝頼(すわしろうかつより)と

呼ばれるようになります。

そして彼は諏訪氏へ養子に出された時に高遠城の城主を命じられることになります。




勝頼の初陣

竹 f

 

勝頼は18歳の時に初陣を果たしております。

この初陣はかなり遅いもので兄である義信は16歳であったそうです。

この戦で戦功を揚げた勝頼はその後の戦でも功績を挙げており、

主に敵と一騎打ちを行って武将を討ち取っていることが多く、

勇猛果敢な大将として活躍していたことが「軍監(ぐんかん)」と言われる書物から確認できます。

こうして活躍をしているさなか勝頼に嫡男が誕生します。

この嫡男の名前を信勝と名を定めます。

 

武田家の本拠へ帰還

真田丸02(武田信玄)

 

武田信玄は勝頼の初陣が済んだ後も武田家の領土拡張政策を推し進めており、

勝頼も信玄に従って戦に従軍しております。

勝頼は高遠城主として信玄の戦に従軍するのですが、26歳の時に武田の本拠地に

呼び戻されることになります。

この地で勝頼は信玄から「お前の嫡子である信勝を正式な武田の後継者として任ずるが、

信勝が成長するまでの間はお前が信勝の後見人となって支えてやれ」と命じられます。

ということは今まで歴史の教科書とかで武田信玄の跡を継いだのは勝頼ということになっていますが、

勝頼は信勝が成長するまでの武田の代理当主だったのです。

勝頼的にはかなりガックシ来たのではないのでしょうか。

なぜならば武田家当主に就任できないことが確定されているんですから・・・・。

このように歴史を勉強し始めると教科書に載ってない出来事とかが判明して面白いですよ。

こうして武田の本拠地に帰還した勝頼は行政などの施策について行わなくてはならず、

他にも諸大名との外交交渉などもここで学ぶことをしなくてなりませんでした。

武勇の人勝頼にとっては結構辛い毎日を過ごしたのではないのでしょうか。

 

三河・遠江侵攻軍に参加して・・・・

真田丸 武田信玄

 

勝頼は行政や外交について学んだ後、再び父・信玄と共に戦に従軍することになります。

彼は三河(みかわ)・遠江(とおとうみ)方面に軍勢をだし徳川軍と幾度か戦っております。

この三河・遠江攻略戦では勝頼が総大将として任命されている戦いもあり、

彼が任された戦いとは野田城(のだじょう)攻略戦。

勝頼にとってははじめて戦を任されたことで大いに緊張したでしょうが、

彼はその緊張を跳ね除けてしっかりと野田城攻略を果たしております。

この武勇に父信玄は大いに満足します。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

武田勝頼は父である信玄が生きているときは、

一方の大将して兵を率いて戦うことのできる人物として成長しつつありました。

また信玄の教えを実地で受けていることから武田家の代理的な継承ができる人物として

それなりに勝頼を信玄も評価していたのではないのでしょうか。

だがそれなりであって信玄は本気で勝頼を鍛えるつもりが無かったのではないのでしょうか。

それは信勝が武田家の正当後継者として指名されており、勝頼をどんなに育てても意味がないし、

もし勝頼が有能になってしまった場合、勝頼が信勝を追放する可能性があります。

また父・信玄から指名されたことを理由に勝頼が武田家から追い出される可能性もあります。

どちらにせよ信玄最大のミスの一つとして、信勝を武田の正当後継者に指名するのではなく、

勝頼を指名していれば武田家の歴史はかなり違っていたのではないかと

考えられるのではないのでしょうか。

 

 

参考文献 武田勝頼 柴辻俊六著など

 

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