広告募集
北伐

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

徳川家が豊臣を滅ぼすきっかけとなったのはどんな理由だったの?

この記事の所要時間: 243




 

 

 

敵方を滅ぼすのは三国志でも日本の戦国時代でも変わりません。

生かしておいては復讐される恐れがあるからです。

今回は関ヶ原の戦いで天下の覇権を握ることに成功した徳川家が

豊臣家を滅ぼすことになった原因をご紹介したいと思います。

 

関連記事:【真田丸特集】徳川三傑・本多忠勝と蜀の五虎将軍・張飛を対比してみた

関連記事:真田昌幸の智謀がキラリと光る!徳川軍を打ち破った伝説の戦い上田城攻防戦




家康はなんで豊臣家を滅ぼそうとしたのその1:豊臣家が意外と衰退しないのが原因!?

 

 

天下の覇権をかけた戦いであった関ヶ原の戦い。

この戦いはみなさんも知っているとおり徳川家康率いる

東軍と石田三成率いる西軍が関ヶ原の地で日本の戦国時代に残る死傷者を出す大激戦を繰り広げます。

この戦いの結果石田三成は敗北し、徳川家康が勝利で収めることになります。

そして徳川家康は豊臣側に味方した西軍諸将を改易したりして、

豊臣方の勢力を弱体化していくことに努めていくのですが、

意外にも豊臣家の勢力は弱体化していきませんでした。

そのため家康は、このままでは日本が西と東に別れたままである現状では徳川にとってまずい

と考え、秀頼討伐を決意したのではないかと考えます。




家康はなんで豊臣家を滅ぼそうとしたのその2:豊臣恩顧の大名が豊臣に味方している現状

 

家康は秀頼が元服を終えた後、大阪城へ使者を送り

「秀頼殿と一度会見したいのだがいかがでしょうか」と伝えます。

この徳川家の申し入れに対して豊臣家では非常に議論が行われますが、

結果的には秀頼は大阪城を出て徳川家康に会いに二条城(にじょうじょう)にまで趣いています。

そしてこの地にで会見したことがきっかけで秀頼討伐を家康は考えます。

秀頼の姿を見た家康が秀頼を討伐しなければやばいと感じたことが豊臣討伐の

原因ではありません。

家康がこの会見で感じたのは福島正則(ふくしままさのり)・加藤清正(かとうきよまさ)らが未だに

秀頼へ忠義を尽くしている状態を見てとったことが原因で豊臣家は討伐されることになるのです。

それはなぜか秀頼に忠義を尽くす大名が西側ではいることを表しており、

このふたりは秀吉恩顧の大名ですが、もし家康によって領土を削られた諸大名を結束させたり、

家康の罪を弾劾して再び西日本の諸大名を結束させるようなことが起きた場合、

家康存命中にそれらを討伐することができないかもしれません。

このことを考えると家康は豊臣家を今のうちに滅ぼしたほうが得策であろうと考えて動き出します。

 

家康はなんで豊臣を滅ぼそうと考えたのその3:秀忠では頼りないから

三国志 ろうそく 写真

 

徳川家康は幕府を開いてからすぐに後継者と決めている秀忠に将軍職を譲っております。

この秀忠ですが関ヶ原の戦いの時に真田家の上田城へ攻撃を仕掛けたことがきっかけで、

秀忠軍は関ヶ原の戦いに遅刻するという大失態を犯しており、

家康も激怒して秀忠を怒鳴りつけております。

このように軍事的才能が全くない秀忠が家康後死後、

豊臣秀頼と対決した場合果たして勝つことが出来るのであろうか。

そのため家康は秀忠の時代には豊臣の家を滅ぼしておかねばならないと考えており、

自分がなくなる前に秀頼率いる豊臣家を滅ぼすためにかなり強引な因縁をつけて豊臣家へ

喧嘩をふっかけております。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

黒田廉さん02b 背景あり

 

徳川家康が本当はどのような理由が原因で豊臣家を滅ぼしたのかは

未だに研究中でわかっていません。

また家康は実は豊臣家を滅ぼすつもりはなかったんじゃないかという説もあります。

その根拠となっているのは千姫の存在です。

彼女は徳川秀忠の娘で、秀吉の遺言で「秀頼へ嫁を嫁がせてくだされ」と言われて

嫁がせております。

もし家康が本気で豊臣家の存在を地上から消し去りたいと考えているのであれば、

秀吉の遺言を守ってやる必要はないように思えます。

この点を考えると家康は果たしてどの時点で豊臣滅亡を考えていたのか

確定していないのことがうなずけるのではないのでしょうか。

 

参考文献 豊臣秀頼 福田千鶴著など

 

真田丸に関する記事一覧:真田丸全記事

関連記事:いまさら聞けない真田丸って一体何なの?

関連記事:さよなら戦国BASARA!イケメン真田幸村の不細工伝説

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 蕭何はなんで仲が悪かった曹参を後継者に任命したの?
  2. 【センゴク】丹波の反乱と松永久秀の反乱
  3. 武田軍の西上作戦はなぜ失敗してしまったのか?武田信玄の病が関係し…
  4. 韓浩(かんこう)とはどんな人?曹操が常に手元に置きたがった男…
  5. 【三国志の華佗を越える名医の名言】扁鵲が死人を生き返らせた時に用…
  6. 関所撤廃って何?織田信長が行った教科書に記されていない政治
  7. 尼子晴久(あまごはるひさ)とはどんな人?毛利家最大の敵として立ち…
  8. 【田疇の進言】烏桓討伐戦で曹操に助言したのは郭嘉だけではなかった…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 孫権の本拠地である建業は始皇帝の嫉妬によって街の名前が変わった?
  2. 廖化(りょうか)ってどんな人?蜀漢成立~滅亡まで戦い続けた蜀の将軍
  3. 劉備も曹操もハッキヨイ!三国志の時代にも流行していた相撲
  4. 白起(はくき)ってどんな人?|キングダムでお馴染みの六大将軍
  5. 赤壁の戦いにモデルがあった?八陽湖の戦い
  6. 司馬懿の名言から分かる!曹爽との権力争いを分かりやすく紹介!「駑馬、短豆を恋う」

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

阿会喃、死んだらあかいなん!!孔明に裏切られた良い蛮族 天下統一後の始皇帝が行った偉大な政策をご紹介 【センゴク】明智光秀へ「ありがとう」と感謝しなくてはならない大名達を紹介 魏の三代目皇帝・曹芳(そうほう)就任により魏は滅びの道を歩んだ? 【軍師連盟】司馬懿は軍師?それとも将軍?司馬懿は武将として出世したの? 【シミルボン】意外!あの曹丕は大の甘党、スイーツ男子だった もし張飛が殺されなかったら「夷陵の戦い」はどうなった? 倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

おすすめ記事

  1. 【春秋戦国時代の名言】俺は卑怯な真似はしない by 宋襄の仁
  2. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十七話「消された種子島」の見どころ紹介
  3. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース12記事【4/3〜4/10】
  4. 曹操から超警戒されていた司馬仲達の綱渡り人生
  5. 笮融(さくゆう)とはどんな人?中国初仏教群雄として歴史に名を刻んだ後漢の武将
  6. 【センゴク】最前線拠点の城主と調略戦に明け暮れた秀吉のご褒美って何?
  7. 妻子を人質に取られすぎな劉備
  8. 張角(ちょうかく)ってどんな人?太平道を創始した男の悲しい人生

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP