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執筆者:黒田廉

武田軍の西上作戦はなぜ失敗してしまったのか?武田信玄の病が関係していた?




真田丸02(武田信玄)

 

武田軍は最強と言われた騎馬隊と信玄の調略によって領土を拡大し続けており、

駿河を攻略した後に京都へ向けて進撃するため、大軍を率いて遠江・三河へ攻略を開始。

途中で徳川軍を打ち破って向かうところ敵なしの状態であった武田軍は

西上作戦を中断して甲斐へ戻らなくてはならない状況へ陥ります。

その原因を今回ご紹介していきたいと思います。

 

関連記事:暴走しているオヤジを追放して当主に就任した武田晴信(たけだはるのぶ)

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武田信玄の病とは?

毒 f

 

武田信玄は信濃攻略戦から病を患っていたそうです。

この病にはいろいろな説があり、肺結核(はいけっかく)、肺炎、胃癌、食道ガンなどがあります。

しかし信玄は一時的にこの病を克服したそうですが、信玄の晩年期に行われた西上作戦では

再び病が再発。

そのため信玄はこの西上作戦中に病が重くならないようにするため、医者を従軍させていました。




信玄の病再発そして・・・・

血 病気

 

信玄は三方ヶ原の戦いで徳川軍を蹴散らした後、病が再発して幾度も血を吐いたそうです。

そのため彼は医者からドクターストップがかかったことが原因で、

刑部(おさかべ)の地で全軍を停止させて、病状が安定するまで様子を見ることになります。

だが信玄の病状は回復することなく幾度も喀血を繰り返してしまいます。

山県昌景や馬場信春、武田勝頼などの諸将は信玄にこれ以上無理をさせるわけには行かないと

考えて、甲斐へ引き上げることを決めます。

こうして武田軍は甲斐へ全軍を引き上げることになるのです。

 

信玄死す

ろうそく f

 

信玄はその後信州の駒場(こまば)で彼は亡くなってしまいます。

こうして武田信玄の夢であった西上作戦は失敗に終わり、

信長包囲網は瓦解してしまうことになります。

信玄は遺言として武田信玄に顔が似ていたことから影武者を勤めていた逍遥軒信廉に甲斐まで

信玄の代わりとして帰還せよと命令します。

また勝頼には信玄の死後3年の間は秘密にせよと命令し、

武田家の後継者として勝頼の嫡男である信勝にするように命じるとともに、

勝頼に信勝が成年になるまで武田家の陣代として率いることを命じます。

そのほかにも色々と遺言を残した信玄は無念そうな顔をして亡くなったそうです。

 

信玄死後の情勢

織田信長01

 

信玄が亡くなったことを知った織田信長は小躍りしながら喜びます。

そして徳川家康は信玄が亡くなったことを知ると奪われた三河・遠江の所領を奪還するべく

動き始めます。

また信長包囲網の首謀者であった足利義昭(あしかがよしあき)は信玄存命中に信長に対して

叛旗を翻しますが、

信玄が亡くなったことを知って大いに落胆するとともに信長に攻められて京都から

追放されてしまいます。

また浅井(あざい)家・朝倉(あさくら)家も信長の攻撃によって滅亡することになり、

信長最大の危機であった信長包囲網はこうして消滅することになります。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

信玄死後の武田家ですが勝頼が陣代として率いることになりますが、前途多難でした。

なぜならば勝頼は信玄から後継として教育された期間が

短すぎたためと重臣達から認められていないことが原因です。

そのため勝頼は重臣達から認められるためにある方針を固めることにします。

その方針は信玄よりも積極的に戦いを行っていき領土を拡張する政策です。

この方法を取る事によって信玄以来の古参の武将達に自分のことを実力認めてもらえば、

家臣団が一致団結して戦うことが出来るであろうと考えます。

この方針は一部では成功していくことになるのですが、

ある戦がきっかけでこの方針は瓦解することになるのです。

この勝頼のお話は今後はじめての三国志でご紹介していきたいと思いますのでお楽しみに。

 

参考文献 信玄の戦略 柴辻俊六著など

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:え?武田勝頼って武田家二代目代理なの!?

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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