日常生活

はじめての三国志

menu

はじめての漢

【華麗なる名門一族】袁紹のおじいちゃん達ってどのくらいすごい人だったの?

この記事の所要時間: 249




袁術

 

後漢王朝のきっての名門一族である袁家。

後漢王朝が荒れて群雄達が挙兵すると袁紹と袁術の袁家一門も各地によって挙兵します。

名門袁家一門の袁紹と袁術の元には多くの名士達が集まってくるのですが、

後漢王朝の名家一門である袁家はどれくらいすごかったのでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【新企画】朝まで三国志を開催!夜22時~朝6時までノンストップ特別企画!




楚王劉英反乱事件がきっかけで名声を得る

袁家ヒストリー02 袁安

 

袁家の隆盛を作った人物である袁安(えんあん)

彼は三公の位である司徒(しと)のくらいにまで出世する人物なのですが、

どのような行いがきっかけで三公にまで登ることになったのでしょうか。

袁安は威厳のある人物で、学問をよく学んで知識を持っていた人物です。

そんな彼にある事件の裁判をするように命令が届きます。

その事件は劉英(りゅうえい)反逆事件です。

この事件は楚王で光武帝・劉秀(りゅうしゅう)の三男である劉英が、

当時の皇帝である明帝に反乱を起こそうとした事が明るみに出た事件です。

袁安は劉英反逆に加担したと思われる人物である400人をすべて無罪であることを証明。

この結果彼の名声はこの裁判によって大きくなり、

名臣として当時の皇帝から賞賛を受けることになります。

そして章帝の時代に司徒の位へと上り詰めることになります。




袁家は袁安から三公へ登る人材を輩出する

袁礼 孫権

 

袁家は袁安のおかげで名門一族として君臨することになります。

袁安の息子で袁京(えんきょう)は蜀郡の太守となります。

そして彼の弟である袁敞(えんしょう)は司空(しくう)となり、

袁京の息子である袁湯(えんとう)は太尉(たいい)にまで出世することになります。

このように三公の位を排出する家柄として袁家一門は尊重されることになります。

また袁家一門は皆器の大き人ばかりだったそうで、

袁家一門の賓客となった人々は優秀であろうとなかろうと

皆それぞれのぞみを叶えてもらったそうです。

 

関連記事:【そもそも論】どうして袁紹や袁術には力があったの?

関連記事:【河北の覇者】袁紹は光武帝を真似た戦略を採用したから滅びた!

 

袁紹のパパは外戚で権力者で会ったあの人物からも信頼を得ていた

宦官集合 

 

袁紹のパパである袁成は彼が誕生してからすぐに亡くなってしまいます。

しかし彼は気前がよくでハメを外すことがない人物で、

後漢王朝のお偉いさん達も彼と付き合っていたそうです。

そんな袁成と付き合っていた人物の中に後漢王朝の外戚(がいせき)で、

力を振るっていたあの人物もいたそうです。

その人物の名前は梁冀(りょうき)です。

彼は非常に力を持った人物で彼が権力を握っていたことから朝廷の人物のほとんどが、

彼に可愛がられていた人物でした。

しかしある事件がきっかけで皇帝から権力をもぎ取られ、

事件の責任を取って彼は亡くなってしまうのですが、

彼に連座した人数はなんと300人と言われており、

朝廷から人が居なくなったと言われる程の権力者だったそうです。

そんな彼も袁成と親しく付き合っており、彼の言うことはほとんど聞いていたそうです。

洛陽の人々は袁成の言うことがほとんどすべて通っていたことから

「この世で叶わないことがあれば、文開を訪ねよ」と言われていたそうです。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

後漢王朝の初期の時代から袁家は名門として君臨しており、

それから袁紹達が出現する時まで数百年間で名門としての袁家の地位は磐石な物になります。

これだけ三公の地位を輩出している家柄であれば、

名門袁家の名声は霊帝(れいてい)の時代には知らない人が居ない程天下に轟いており、

袁紹・袁術の元へ多くの人材が集まるのは自明の理と言えるのではないのでしょうか。

しかし袁紹・袁術の時代で袁家の名声は地に叩きつけられることになるとは、

あの世にいる彼のおじいちゃん達もせっかく築き上げてきた名声が無くなって、

びっくりしたのではないのでしょうか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書1 今鷹真・井波律子著など

 

 

関連記事:献帝死亡説を利用した?劉備が漢中王に即位したのは孔明と法正の入れ知恵の可能性が浮上!

関連記事:孟達に全てがかかっていた!諸葛孔明の北伐は成功したかも?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 15話:神をも畏れぬ暴虐非道後漢をブッ壊した独裁者・菫卓
  2. 【曹髦編】三国最強の魏はなぜ滅びることになったの?
  3. 77話:老将黄蓋、身体を痛めつけて曹操を欺く
  4. 50話:捨てる神あれば、拾う神、劉備、趙雲と再会
  5. 王異(おうい)ってどんな人?戦乱の中で数々の逸話を残してきた女性…
  6. 司馬攸(しばゆう)とはどんな人?司馬家の秀才として認められていた…
  7. 【趙の名宰相・藺相如の名言】長平の戦いの時に王に発した名言とは
  8. 【マニアック向け三国志】捕まったことで運命の君主と出会った王朗(…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 徐盛(じょせい)ってどんな人?人生を戦いの中で過ごした呉の将軍
  2. 霍弋(かくよく)とはどんな人?蜀の滅亡まで司馬昭に屈しなかった隠れた名将
  3. 群雄の名言から知る三国志の世界【小覇王孫策の名言】
  4. 死刑か肉刑か?魏の宮廷を二分した刑罰論争
  5. 三国志:前半戦のまとめその1(董卓登場まで)
  6. 馬援(ばえん)とはどんな人?趙の三大天の一人趙奢を先祖に持ち子孫に馬超

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

袁盎(えんおう)とはどんな人?国家の為にあえて諫言を発し続けた政治家 Part.1 53話:体制を立てなおした劉備に曹操が襲いかかる 【素朴な疑問】呉には何で五虎将軍や五大将軍がいないの? 蜀を制圧したばかりの劉備軍をまとめるために孔明が打ち出した二つの方針とは? 張儀(ちょうぎ)とはどんな人?合従策に対抗した外交策を立て歴史に名を残した遊説家 Part.2 【春秋戦国時代の偉人】武霊王はなぜ胡服騎射を導入したの? 【キングダム好き必見】漫画をより面白く読める!始皇帝と秦帝国の秘密をまとめてみました 北方謙三の『三国志』のココが凄い!男の生ざまをガンガン感じたいならこの小説も超絶オススメ!

おすすめ記事

  1. 自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.5
  2. 【5分で読める】ビジネスマン必見!崩壊寸前の組織を建て直すなら司馬穰苴(しばじょうしょ)から学べ!
  3. 【シミルボン】兵士達の心のオアシス、軍市とはどんなモノだったの?
  4. 曹操の求賢令が年々過激になっていて爆笑
  5. 曹操のハニートラップ作戦が義に生きた武人・関羽に通用するのか?
  6. 三国志の時代にドリンクバーが存在した?三国志時代の飲み物について
  7. これなら誰でも騙される!越王句践の凄まじいゴマすりを紹介。
  8. 荊軻(けいか)とはどんな人?伝説の暗殺一家ゾルディック家もびっくり!秦王政を暗殺しようとした男

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP