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曹操に敗れすべてを失った馬超の性格を考える【後半】

この記事の所要時間: 237




五虎大将軍 馬超

 

漢民族と西方の異民族「羌」の両方の血が流れる三国志の英傑・馬超(ばちょう)

劉備に降った後の彼の半生はベールに包まれています。

前回と今回はそんな馬超の謎について触れていきながら、馬超の性格を考察していきます。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

前回記事:馬超はどんな性格だったの?謎に満ちた蜀の五虎大将軍【前半】




父・馬騰と韓遂の確執

梁興 馬騰

 

おそらく馬騰も韓遂も羌が漢に認められ、平等に扱われることを望んでいたと思います。

しかし手段が大きく違いました。

馬騰はあくまでも皇帝の権威にすがり、貢献することで認めてもらおうと必死になりますが、

韓遂は官位や権威などに興味がありません。

現に盟主として領土を拡大しても王とも公とも自称していません。

とにかく羌の自治権を守ることを使命にしていたのです。

馬騰が董卓の残党から征西将軍の官位を得て満足気なのが韓遂は気に入りません。

やがて価値観の相違から馬騰と韓遂は戦い始めます。

董卓の残党らが仕掛けた離間の計が見事に成功したのです。

韓遂はこのとき馬騰の妻と子を殺戮しました。

ふたりを和解させたのは曹操の配下の鍾繇です。




馬騰が帝に仕える

馬騰

 

馬騰は直接帝に仕える道を選びます。彼は衛尉となりました。

宮門を守護する衛士たちをまとめる大切な役職です。

同様に馬超の弟たちも官位を授けられて冀州の鄴に移ります。

馬超だけは涼州に残り、馬騰の軍勢を引き継ぎました。偏将軍に任じられています。

このとき韓遂は金城郡にあって自治権を守り抜いています。

そして運命の西暦211年が訪れます。

赤壁の戦いには敗れたものの天下はほぼ曹操によって牛耳られていました。

その曹操が西へ兵を動かしたのです。

名目は漢中に巣くう五斗米道の張魯討伐でした。

その道中には右扶風があり、その隣郡に馬超の領土である安定郡と漢陽郡がありました。

漢中にも羌の部族は多く住んでおり、その族長らがこぞって馬超に助けを求めます。

馬超は曹操と戦うべきか悩み始めるのです。

 

馬超は直情型か

馬超仲間入り

 

異民族らは曹操がこの機会に西方を平らげるつもりだと考えていました。

そうなればまた服従と隷属の日々が始まります。

彼らは力をもってしか自分たちの自治を守り抜けないことを知っていました。

帝の側近となった馬騰は異民族の討伐をやめてほしいと嘆願したでしょうが、

帝は曹操の傀儡に過ぎません。

政治の決定権は曹操が握っているのです。

馬超は曹操と戦うことを決意します。

それは同時に鄴に人質同然でいる父親や兄弟を見捨てる決断でもありました。

それがわかっていても馬超には私心を殺して成し遂げなければならない使命があったのです。

馬超は韓遂にも呼応してほしいと願い出ます。

韓遂の息子もまた人質として曹操に差し出されていたのです。

馬超は実の父を捨て、韓遂を父と思い、韓遂は実の子を捨て、馬超を息子とすることで盟約を結びます。

この決断を直情型の馬超らしい決断とひとは見るかもしれません。

しかし私は悩み抜いた末の馬超の決断だったと考えます。

家族を捨ててでも羌の独立に命をかけたのです。

 

曹操に敗れ、すべてを失った馬超

馬超

 

結果、馬超は曹操に敗れます。そして親兄弟を殺されました。

再起を期して戦に臨むもまたも敗北。今度は馬超の妻子が殺されました。

腹心の龐徳とも散り散りとなり、馬超は彷徨います。

馬超の決断によって処刑された宗族は二百人に及ぶといわれています。

羌や氐の異民族は曹操配下の重臣・夏侯淵に征伐され、降伏しています。

涼州をはじめとする西方はこうして収まったのです。

同時に馬超はすべてを失い、絶望のなかで、曹操のライバルである劉備に降伏します。

命の限り戦い続け、燃え尽きた馬超の姿がそこにはあります。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

ろひもと理穂

 

北方謙三先生の小説「三国志」では、この後、馬超は袁術の娘と結ばれ、

死んだことにして劉備軍を離れ、山奥の異民族の集落で静かに暮らしていくと記されています。

まったくのフィクションでしょうが、私は馬超らしい生き方のように感じ共感できました。

馬超は強くあらねばなりませんでした。それはおよそ自身が望んだものではないでしょう。

異民族自立の象徴として多くの羌や氐の期待を受けていたからこそです。

私心を捨て、民族の将来のためにすべてを捧げられた馬超の志は、

ある種、崇高なものだったのではないでしょうか。

最後は自分の幸せのために生きて欲しいと私も思いました。

皆さんはいかがお考えでしょうか。

 

関連記事:晩年の馬超が精神的にも燃え尽きていた事実が判明

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