「馬家の謎」錦馬超の息子達は一体どこに消えたのか?名門馬家の謎を探る

2022年6月19日


 

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蜀馬に乗って戦場を駆け抜ける馬超

 

今回はミステリー……と言うほどではありませんが、ちょっと謎に思ったとある一家を追いかけてみましょう。タイトルで大体察せると思いますが、馬家の謎、つまり馬超(ばちょう)の一族の謎を追いかけてみます。

 

三国志演義_書類

 

この馬超、実は正史(せいし)三国志演義(さんごくしえんぎ)ではかなりイメージが違い、正史では良く分からない点も多くありますが、その一族、蜀に来てからの彼の一族を見ていきましょう。

 

 

 

 

 

三国志演義の馬超は恨み晴らすマン

馬超の兜にフォーカス

 

さてちょっと三国志演義の馬超のおさらいから。三国志演義の馬超は正に「錦馬超(きんばちょう)」と言われるに相応しい、鎧姿が凛々しい若武者。父親、馬騰(ばとう)と弟たちが都入りするのを見送り、長男として涼州(りょうしゅう)を任される立場です。

 

献帝を傀儡化する曹操

 

しかし曹操(そうそう)に虐げられる献帝(けんてい)らを救おうと父親が立てていた曹操暗殺計画が露呈、彼は命からがら生き残って帰国した従弟、馬岱(ばたい)から無残に殺された父、弟たちの無念を慟哭し、仇討ちのために兵を挙げます。

 

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正史の馬超はかなり自業自得マン

蜀では結果が出せない馬超

 

一方で正史においはては逆に、漢中の張魯(ちょうろ)攻めを見た馬超は「曹操はいずれ涼州を狙う」と疑心暗鬼に陥り、韓遂(かんすい)と共に反乱の兵を挙げます。

馬超と韓遂

 

こうして始まったのが皆様良く知る潼関(どうかん)の戦い。何度も曹操を追い詰めるも、結果は馬超らの敗北に終わり、馬超は逃亡。この罪に連座して馬一族、200余りが処刑されることとなりました。この際に馬騰らも処刑されています。

 

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妻子を捨てて蜀へ逃亡する馬超

燃え尽き症候群の馬超

 

さて逃走した馬超、何とか盛り返そうとするも涼州刺史の一件で反乱祭りになり、更に張魯の下まで落ち延びて再起を図ります。典略(てんりゃく)によれば張魯から何度も兵を借りては涼州奪還を試みるも上手くいかず、段々と張魯の元にも居辛くなってしまいました。

 

馬超と別れるホウ徳

 

そこで劉備(りゅうび)の噂を聞き、馬超はそのまま劉備の元に行くことになるのですが……この際に馬超は妻子と部下を張魯の元に置いていったとも言われ、この妻は別の人に与えられ、子は後にやってきた曹操に殺されたとも言われています。

 

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捨てられた馬超の子、馬秋

蜀の馬超

 

前述した典略によるとこの時に殺された子は馬秋(ばしゅう)という子だったそうですが、何にせよこの子は馬超が死去する際にはいなかったのではないか、という正史の記述があります。

 

ボロボロになった馬超

 

馬超伝によると、馬超は222年、47歳で死去しました。この際に馬超の爵位は子の馬承(ばしょう)が引き継いだとされています。置いていかれて処刑されたのか、そもそもいたのかどうかもやや不明ですが、この時点で別の子に譲られているので、おそらく存在していたとしても亡くなっていたと思います。

 

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全訳三国志演義

 

 

蜀で生まれた馬超の子、馬承

五虎大将軍の馬超

 

因みにこの馬承ですが、その後はどうなったのかは不明です。ただ馬超伝を読むと馬超は臨終の際に「自分の一族200人余りは曹操に殺されてしまいました。ですが従弟の馬岱が残っております。彼を宗家の祭祀継承者として託します。くれぐれも宜しくお願いします」

 

馬岱

 

と(割と珍しく)殊勝(しゅしょう)な態度で劉備に託していることを考えると、まだこの際に馬承は幼い子供だったのではないか、とも考えられます。そうなると馬承は成長の過程で亡くなった、もしくは行方不明になった(された)のかもしれません。

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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