陸遜(りくそん)ってどんな人?100年に1人の呉の逸材

2015年7月21日


 

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陸遜

 

陸遜伯言(183~249)は、三国志演義を知る人で知らない人はいないでしょう。特に、蜀びいきの人にとっては、関羽(かんう)と劉備(りゅうび)を撃ち破り死に追いやった蜀キラーとして、その名前は脳裏に刻まれていると思います。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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陸遜の家系はどうなの?

陸遜

陸遜は、呉の人です、陸家は、呉では、顧家、張家、朱家と並んで、呉郡四姓の名門として知られていて、陸孫もその名門の出でした。

 

陸遜

 

ただ、本家ではなく、分家筋なので家柄で出世というのは難しい状態にはありました。陸遜の命運が動き始めるのは、皮肉にも、それが乱世であったからでした。

 

陸遜一族は孫策によって滅ぼされる

孫策

 

一族を纏めていた陸康(りくこう)は盧江の太守でしたが、近隣の袁術(えんじゅつ)と食糧を巡り、トラブルを起してしまい、袁術の客将であった孫策(そんさく)に滅ぼされます。一族の大半は、戦死してしまい、陸遜は傍系ですが年上である事で、陸一族のトップとして、宗族を率いていく事になります。

 

ほっぺたに矢を受ける孫策

 

やがて、本拠地である呉郡でも、孫策の勢力が届きますが、陸遜は若年であり、以前、孫策と陸康が矛を交えた関係でもあるので、しばらく自重し、孫策が死んで、孫権(そんけん)が呉の当主になると初めて仕官します。時に陸遜、21歳という若さでした。

 

陸遜

 

海昌の統治を任された陸遜は、温情を持って、領民に接し、干ばつの時には、食糧を分け与えつつ、農業と養蚕を奨励して生活の基盤を支えさせます。

 

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孫策時代の大きな問題

陸遜 兵士

当時の呉においては、孫策が拡大させた領地に対して、兵力が少ないという大きな問題がありました。

 

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孫策は異民族を容赦なく鎮圧

孫策

 

また、武断派の孫策は、異民族を容赦なく鎮圧したので、多くの異民族は呉を恨んでいて、孫権の体制になっても呉に従わないで、不穏な動きを見せる者達も大勢いました。

 

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