呂布特集
馬超




はじめての三国志

menu

執筆者:ろひもと理穂

呉と倭は外交交渉をしていたの?日本を目指した衛温と諸葛直




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・謎の島を探せ」のコーナーです。

 

 

西暦230年といえば、三国志では魏で合肥新城が築城され、

魏と呉の争いはさらに熾烈なものになる予感が漂っていた頃です。

この年に孫権はまったく別の政策も指示しています。

それが海の向こうの国を探索し、奴隷をたくさん連れて戻ってくるというものでした。

それだけ呉も人口問題の解決が急務だったということですね。

なんだか植民地時代のスペインやポルトガルのような政策ですが、はたして成功したのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:卑弥呼の謎!曹爽と卑弥呼には関係があった!?




指名されたのは二人

 

この政策の実行ための責任者に選ばれたのは二人です。

一人は衛温、もう一人は諸葛直です。

諸葛という姓ですが、諸葛瑾諸葛恪との関係は不明です。

どちらも文官ではなく将軍でした。

つまり軍事的な強硬外交を孫権は決断したのです。簡単に言うと侵略ですね。

孫権が目指した土地は、「夷州と亶州」です。

聞いたことのない州名です。呉がある揚州の北には徐州、西には荊州、南には交州があります。

そこではありませんね。そもそも中華の領土ではありません。

そこは海の向こうにありました。

一万の兵を率いて二人の将軍は出港します。

ただし夷州と亶州がどこにあるのか、正しい位置はよくわからなかったといわれています。

つまりどのくらいの期間がかかるのかも予想できないのです。

まるで幻の島「ラフテル」を目指すワンピースのルフィたちのような冒険に満ちた旅ですね。




この二州ってどこ?

 

実際はこの夷州と亶州がどこを指しているのか、未だに判明されていません。

呉の陸遜と全琮は無謀であるとして反対していますが、孫権は強行しました。

これは民主主義の国家と異なる点ですね。

議会の承認とかいらないのです。

これがいいと決めたらすぐに実行に移せるところが長所です。

ただしそれを止めることができないところが短所です。

で、二州についてですが、有力な説では夷州は台湾ではないかといわれています。

呉の領土から考えると朝鮮半島に行くよりはるかに近いです。

 

 

では亶州はどこなのでしょうか。かつて秦の時代に、

始皇帝のために不老不死の薬を探し求めて航海した徐福が住み着いた場所といわれています。

かなり神秘的な場所ですね。

この亶州が「日本の種子島」「日本の琉球諸島」「フィリピン」のどれかといわれています。

こちらは台湾までの距離の倍以上になります。

はたして亶州はどこだったのでしょうか。

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:邪馬台国ってどんな国だったの?まさに神っていた邪馬台国

 

孫権に処刑される二人

 

その後、衛温と諸葛直の二人が呉に帰国したのはおよそ1年後になります。

ものすごいスリルに満ちた冒険だったことでしょう。

兵のほとんどを疫病で失ったと記録されています。

しかも亶州にはたどり着けず、成果は夷州から連行してきた地元民数千人でした。

計算上では失った数の方が多いですね。

そのためにかかった莫大な費用も無駄に終わっています。

孫権は責任をとらせて二人を処刑します。

 

孫権は亶州を倭と考えていたのか

 

孫権はどうもこの亶州との交流を切望していたようです。

もしかすると孫権はこの亶州を倭だと考えていたかもしれません。

真実はわかりませんが、どうだったのでしょうか。

 

 

悲しいかな、数年後の西暦238年の倭・邪馬台国の女王・卑弥呼の使者が中華に訪れ、魏と結びます。

呉から倭ではやはり距離がありすぎますね。

当時の航海術では呉と倭が外交するのは難しかったといわれています。

 

関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?

関連記事:衝撃の事実!卑弥呼はアイドル活動をしていた?通説・卑弥呼伝

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

遭難して偶然にたどり着くことはあったそうです。

正式な交流は記録にありません。

しかし邪馬台国最大の謎といわれる300枚以上出土した「三角縁神獣鏡」。

これは倭と呉がどうにかして交流していたという証なのかもしれません。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 呉の孫権 【if三国志】赤壁の戦い前に呉が魏に降伏していたらどうなったの?…
  2. 紀霊(ゆるキャラ) 袁術が天下を獲るためにみんなで考えよう【第4回】
  3. 【大三国志 攻略3】滅亡も覚悟の8・8青州外交 どうなる同盟・天…
  4. 法正と夏侯淵 法正は名軍師だったの?性格が最悪な徳性なき蜀の天才参謀
  5. 亡くなる孫堅 孫堅が早死しなければ、袁術が天下統一をした?元海賊狩りから異例の…
  6. 司馬懿 【軍師連盟】司馬懿が起こしたクーデターは博打だったの?
  7. 曹叡 【軍師連盟】魏の名君・曹叡が長生きしたら司馬一族の天下取りは不可…
  8. 孔明の罠 諸葛亮孔明が残した兵法書はどれなの?便宜十六策の中身を一部紹介

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. セミナリオ(教会)
  2. オオクニヌシ(日本神話)
  3. 袁術
  4. 孔明
  5. 三国志ライター よかミカンさん
  6. 薩長同盟が結ばれるシーン 坂本龍馬と西郷隆盛と桂小五郎

おすすめ記事

  1. 諸葛亮孔明とはどんな人物なの?三国志初心者に分かりやすく解説
  2. 【袁術の戦いを振り返る】徐州・豫州の戦いには人間ドラマが盛り沢山 袁術と呂布
  3. 【素朴な疑問】蜀漢って国内はどうなっていたの?蜀軍の配置から北伐や蜀の情勢が見えてくる! 蜀の劉備
  4. 満寵(まんちょう)ってどんな人?曹氏三代に仕え呉の天下統一を阻み続けた司令官 合肥の戦いの満寵
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース26記事【7/17〜7/23】
  6. 「月刊はじめての三国志5月号」4月25日(木)に出版決定 はじめての三国志からのお知らせ バナー

三國志雑学

  1. 関羽に手紙を送る陸遜
  2. 袁紹と曹操
  3. 徐晃と許チョ
“はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 劉備の黒歴史
  2. 苛ついている曹操
  3. 魏の忠臣・徐宣(じょせん)
  4. 幕末 洋式軍隊の行進

おすすめ記事

孫権 弔い出陣 陸遜も参戦した合肥の戦い(第四次戦役 234年)を分かりやすく解説 孫策に攻撃される黄祖 三国志演義の一騎打ちは爽快極まりない個人と個人のぶつかり合いだった! 井伊直弼の安政の大獄はいつから始まった?時系列で解説 楚の旗と兵士 戦国策【楚策】女心を利用して窮地を切り抜けるの巻 13人の妻達(曹操) 三国志の覇者・曹操の妻13人を紹介! 公孫サンは英雄劉備が真似した人物だった公孫瓚、劉虞 公孫瓚の逸話は三国志演義と正史で異なる!公孫サンのおもしろ逸話 まだ漢王朝で消耗しているの? お金と札 【三国志とお金】五銖銭が鋳造された本当の理由 袁術祭り秘話|袁術をkawausoが取り上げた理由

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム
“西遊記"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志PR募集法正"
PAGE TOP