朝まで三国志軍師
李傕祭り




はじめての三国志

menu

執筆者:ろひもと理穂

呉と倭は外交交渉をしていたの?日本を目指した衛温と諸葛直

この記事の所要時間: 253




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・謎の島を探せ」のコーナーです。

 

 

西暦230年といえば、三国志では魏で合肥新城が築城され、

魏と呉の争いはさらに熾烈なものになる予感が漂っていた頃です。

この年に孫権はまったく別の政策も指示しています。

それが海の向こうの国を探索し、奴隷をたくさん連れて戻ってくるというものでした。

それだけ呉も人口問題の解決が急務だったということですね。

なんだか植民地時代のスペインやポルトガルのような政策ですが、はたして成功したのでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:卑弥呼の謎!曹爽と卑弥呼には関係があった!?




指名されたのは二人

 

この政策の実行ための責任者に選ばれたのは二人です。

一人は衛温、もう一人は諸葛直です。

諸葛という姓ですが、諸葛瑾や諸葛恪との関係は不明です。

どちらも文官ではなく将軍でした。

つまり軍事的な強硬外交を孫権は決断したのです。簡単に言うと侵略ですね。

孫権が目指した土地は、「夷州と亶州」です。

聞いたことのない州名です。呉がある揚州の北には徐州、西には荊州、南には交州があります。

そこではありませんね。そもそも中華の領土ではありません。

そこは海の向こうにありました。

一万の兵を率いて二人の将軍は出港します。

ただし夷州と亶州がどこにあるのか、正しい位置はよくわからなかったといわれています。

つまりどのくらいの期間がかかるのかも予想できないのです。

まるで幻の島「ラフテル」を目指すワンピースのルフィたちのような冒険に満ちた旅ですね。




この二州ってどこ?

 

実際はこの夷州と亶州がどこを指しているのか、未だに判明されていません。

呉の陸遜と全琮は無謀であるとして反対していますが、孫権は強行しました。

これは民主主義の国家と異なる点ですね。

議会の承認とかいらないのです。

これがいいと決めたらすぐに実行に移せるところが長所です。

ただしそれを止めることができないところが短所です。

で、二州についてですが、有力な説では夷州は台湾ではないかといわれています。

呉の領土から考えると朝鮮半島に行くよりはるかに近いです。

 

 

では亶州はどこなのでしょうか。かつて秦の時代に、

始皇帝のために不老不死の薬を探し求めて航海した徐福が住み着いた場所といわれています。

かなり神秘的な場所ですね。

この亶州が「日本の種子島」「日本の琉球諸島」「フィリピン」のどれかといわれています。

こちらは台湾までの距離の倍以上になります。

はたして亶州はどこだったのでしょうか。

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:邪馬台国ってどんな国だったの?まさに神っていた邪馬台国

 

孫権に処刑される二人

 

その後、衛温と諸葛直の二人が呉に帰国したのはおよそ1年後になります。

ものすごいスリルに満ちた冒険だったことでしょう。

兵のほとんどを疫病で失ったと記録されています。

しかも亶州にはたどり着けず、成果は夷州から連行してきた地元民数千人でした。

計算上では失った数の方が多いですね。

そのためにかかった莫大な費用も無駄に終わっています。

孫権は責任をとらせて二人を処刑します。

 

孫権は亶州を倭と考えていたのか

 

孫権はどうもこの亶州との交流を切望していたようです。

もしかすると孫権はこの亶州を倭だと考えていたかもしれません。

真実はわかりませんが、どうだったのでしょうか。

 

 

悲しいかな、数年後の西暦238年の倭・邪馬台国の女王・卑弥呼の使者が中華に訪れ、魏と結びます。

呉から倭ではやはり距離がありすぎますね。

当時の航海術では呉と倭が外交するのは難しかったといわれています。

 

関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?

関連記事:衝撃の事実!卑弥呼はアイドル活動をしていた?通説・卑弥呼伝

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

遭難して偶然にたどり着くことはあったそうです。

正式な交流は記録にありません。

しかし邪馬台国最大の謎といわれる300枚以上出土した「三角縁神獣鏡」。

これは倭と呉がどうにかして交流していたという証なのかもしれません。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 三国志補完計画・どちらが本当の三国志?正史と演義
  2. 天照大神は卑弥呼がモデルだった?卑弥呼の正体に迫る!
  3. 張松(ちょうしょう)の裏切りがなければ劉備の蜀制圧は不可能だった…
  4. 【大三国志 攻略7】大注目!序列第1位のあの同盟が登場!天下乱舞…
  5. 極悪人の董卓の参謀・李儒は董卓以上の悪人だったの?
  6. 三国志の兵力は実際にどこまで本当なの?魏呉蜀の兵力の真実に迫る!…
  7. 【第4回 幻想少女】凌統が外される!?強力なイケメン武将がレギュ…
  8. 五丈原の戦いの裏側で活躍した魏の満寵とは?後編

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【最終回 幻想少女】ここまで攻略プレイした感想を正直にお伝えします
  2. 曹家の文才「三曹七子」って何?
  3. 韓玄(かんげん)とはどんな人?劉備に降伏した長沙太守
  4. 史書から見る曹操の評価がベタ褒めすぎてやばいってホント?
  5. 桃園三兄弟の別れ 関羽の死から夷陵の戦いまでを辿る
  6. キングダムファンなら絶対読むべき!三国志も面白い!

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

海音寺潮五郎の小説『孫子』ってどんな作品なの?【はじめての孫子 番外編】 関羽と張遼の「交流」をピックアップ!三国志演義のサイドストーリーに迫る!後篇 超ネガティブな戦国武将・毛利隆元の偉大なる父を持ってしまった苦悩とは! 【戦国四君・孟嘗君の逸話】五月五日の子に生まれた子は捨てよ!!父が信じた迷信が原因で悲劇が訪れる 【お知らせ】はじめての三国志の運営スタッフの裏側 三国志の故事成語『苦肉の策』(くにくのさく)って何? 【ビジネス三国志】陳琳や周瑜、諸葛亮孔明に学ぶ失敗学 キングダム ネタバレ予想535話「急成長 イケメン蒙恬とポンコツ信」

おすすめ記事

  1. 【衝撃の事実】実は三国志には桃園の誓いなんてものは無かった
  2. どうすれば蜀の二代目過保護な劉禅をしっかり教育できたの?
  3. もし趙雲が魏に仕えていたらどうなっていた?【ろひもと理穂if考察】
  4. 頭がキーン…頭痛に悩んだ曹操、三国志演義は医学的に正しかった?曹操の見た幻覚の原因は何だったの?
  5. 【センゴク】丹波の反乱と松永久秀の反乱
  6. くまモンだけじゃない!三国志の時代にもあった着ぐるみ
  7. 【if三国志】赤壁の戦い前に呉が魏に降伏していたらどうなったの?
  8. 三国志の時代の県とはどんな構造なの?県城の生活は快適だった?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP