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諸葛孔明は北伐時に兵士達にとある約束をしたけど、どんな約束をしたの?

この記事の所要時間: 228




 

蜀のチート丞相として知られる諸葛孔明。

彼は劉備亡き後、魏を討伐するために蜀軍を率いて幾度も北伐を敢行しますが、

中々成果を上げることができませんでした。

そんな彼ですが幾度目かの北伐戦の最中兵士達にある約束をします。

兵士たちは孔明が布令してくれた約束に感激し、

魏の大軍がやってきた時にいつも以上の力を出して奮戦したそうです。

今回は孔明が兵士たちに布令した政策についてお話したいと思います。

 

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関連記事:蜀(国家)が滅亡したら蜀の民や国に尽した人はどうなるの?




祁山へ出陣

 

孔明は蜀軍8万を率いて漢中を抜けて祁山(きざん)に出陣します。

彼はこの地に防御工事を施して長期間駐屯できるようにし、

魏軍がやってきても少数の兵士で守りきれるようにします。

孔明は祁山の防御工事が終了すると少数の兵士でこの地を守りきれることから、

ある命令を布令します。




10分の1を休養させるために国へ帰す

 

孔明は兵士達の休養を目的として8万の蜀軍の内8千を国へ帰す布令を施行。

兵士達は孔明の布令に従って毎月数十日ほど交代で国へ帰っていくことになります。

そんな中司馬仲達(しばちゅうたつ)が大軍を率いて蜀軍を攻撃するためにやってきます。

仲達は蜀の要害である剣閣(けんかく)へ向かって行軍。

孔明の部下は孔明へ「魏の大軍が蜀の要害の地である剣閣へ向かって進軍しております。

我が軍は魏軍に比べて兵力で劣っているため先ほど出された布令をとりあえず1ヶ月ほど

やめて全軍で魏軍に当たるほうがいいのではないのでしょうか。」と進言。

しかし孔明はこの進言を採用することはありませんでした。

なぜ孔明はこの進言を採用しなかったのでしょうか。

 

「信義に関わることだから」by孔明

 

孔明がなぜ部下の進言を取り上げなかったのか。

その理由を孔明はこのように説明しております。

孔明は進言してきた部下に

「私は蜀軍の総司令官として軍勢を率いているのを知っているだろう。

私が軍勢を率いるために大切にしているのは信義である。

私は先ほど兵士達へ休養を目的として帰還を命じたが、

この命令を危機が迫ってきたからといって中止してしまえば、

兵士と私との間の信頼関係は崩れ去り、

兵士達は私の言うことを今後一切聞かなくなるであろう。

また兵士の家族は兵士達が帰還することを知っており、

彼らの奥さんや家族たちは彼らが帰ってくることを心待ちにしているはずだ。

それらの期待を裏切るわけにはいかないからこの命令を中止するわけにはいかない。」と

説明します。

孔明の部下はこの話を聞いて納得し自らの進言を取り下げて魏軍迎撃へ出陣することになります。

そして兵士達にはいつも通り祁山から下山して国へ帰還するように命令を下します。

しかし兵士達はこの命令を聞いても納得しませんでした。

そしてある行動に出ます。

 

孔明様と一緒に戦いますぜ!!

 

兵士達は命令を下してきた蜀の将校へ「俺たちに優しく接してくれた孔明様を残して

戦場を離れるわけにはいきませんや。

俺ら帰らないで孔明様と一緒に戦いますぜ」と言って動きませんでした。

孔明は兵士達の言葉を聞いて感激し彼らの前に立って

「一緒に闘ってくれるか」と尋ねます。

すると兵士達は「当たり前じゃあないですか」と言い切ると全軍一丸となって、

魏軍迎撃に出陣。

そして魏軍をコテンパンに打ち破ることに成功し、

魏軍の名将・張郃(ちょうこう)を打ち取る大戦果を上げることに成功するのです。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

諸葛孔明は自軍の兵士達にも優しい政策を取ることで人望を集めることに成功。

もし彼が計算ずくでこのような行動を取っていたとしても、

当時の三国志の武将や文官達に孔明と同じようなことをしている人はいなかったでしょう。

兵士達からも人望を得ていた孔明こそ、

まさにチート宰相の名にふさわしい人物ではないのでしょうか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志蜀書 今鷹真・井波律子著など

 

 

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—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

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今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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