キングダム
夷陵の戦い




はじめての三国志

menu

はじめての漢

王修(おうしゅう)とはどんな人?袁譚を最後まで支え続けた忠臣に曹操もリスペクト

この記事の所要時間: 37




 

袁紹(えんしょう)が亡くなると袁紹の後継者の座を巡って

袁譚(えんたん)袁尚(えんしょう)の兄弟が争いを始めます。

両者は結局曹操に滅ぼされてしまうのですが、

袁尚袁譚には忠臣と呼ばれる人物がおりました。

袁尚には審配(しんぱい)と呼ばれる忠臣がおり、

彼は袁尚曹操軍に敗北して北方へ逃亡した後も鄴城を守り続けた忠臣です。

袁譚にも審配のような忠臣がおり

今回はこの忠臣・王修(おうしゅう)をご紹介したいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:劉備と趙雲が出会う事になったきっかけを作ったのは袁紹のおかげ?




嫌がらせを受けるも・・・・

 

袁譚は青州(せいしゅう)を父袁紹から任されることになると一人の人物を召し出して、

配下に加えます。

その人物の名は王修(おうしゅう)と言います。

彼は袁譚に仕えると同僚であった人物から度々嫌がらせを受けておりましたが、

彼は激怒してその人物にやり返すことなく、黙ってやり過ごしておりました。

そんな中、王修に嫌がらせをしていた人物が死刑を宣告されることになります。

この時王修は自分に嫌がらせをしてきた人物の裁判を受け持つことになるのですが、

彼の刑罰である死刑を免じて許してやります。

この結果袁譚の配下や民衆達はおおいに彼を褒め称えたそうです。

この事件を聞いた袁紹は彼を自らの配下として迎え入れ、

数年間袁紹の元で仕えた後再び袁譚の配下として帰ってくることになります。




部下と民衆を連れて救援に向かう

 

袁紹が官渡の戦いで曹操軍に敗北。

この敗北が原因で袁紹が亡くなると袁譚と袁尚は袁紹の後継者の座を巡って、

争い始めます。

袁尚は兄である袁譚を滅ぼすために攻撃を開始。

袁譚も袁尚軍を迎撃するために出陣するのですがこてんぱんにやられてしまいます。

王修は袁譚が敗北したことを知ると部下と民衆を集めて袁譚を助けに行きます。

袁譚は王修が救援しに来たことを大いに喜び「我が軍が敗北してなお、

散りぢりにならないのは王修のおかげである」と彼を褒めまくったそうです。

しかし袁譚の敗北が青州各地に広まると一斉に袁譚へ反乱を起こして、

領土内はガタガタになってしまいます。

 

【はじさん編集部】編集長kawausoの奮闘日記も絶賛公開中!

 

再び袁尚攻撃を行おうとする

 

袁譚は領内で反乱を鎮圧して再度袁尚へ攻撃を仕掛けるべく準備を行います。

王修は袁譚が再び袁尚へ攻撃しようとしていることを知ると彼に

「ご兄弟が争っている状態が続けば必ず滅亡します」と忠告。

袁譚は彼に「どうすればいいのだ」と相談します。

すると王修は彼に「兄弟を例えるならば左右の手です。

戦に望む際に右手をぶった斬って「俺は負けない!!」というバカはいないでしょう。

また殿の配下には色々と袁尚様の悪口を言って戦わせようとする奴らがおり、

奴らを追放して、袁尚様と語り合うことが最良の道であると考えます。」と進言します。

しかし袁譚は彼の言葉を聞かないで袁尚へ攻撃を仕掛けるも再びボコボコにされます。

この時袁譚は敵である曹操と同盟を結んで助けてもらい、

なんとか領土へ撤退することになります。

 

急いで救援に向かうも・・・・

 

その後袁譚は袁尚が曹操軍に敗北して北へ逃走すると袁尚の領土を奪っていき、

曹操との同盟を破棄して決戦を行います。

王修はこの時兵糧輸送を行っていたのですが、袁譚が南皮(なんぴ)城に篭城し、

いつ陥落してもおかしくない状態に追い込まれていることを知ります。

彼は兵糧輸送を部下に任せ、数十人を率いて南皮城へ救援しに行くのですが、

南皮城へ到着する前に袁譚は討ち取られておりました。

王修は南皮城へ行き曹操へ「我が主君の遺体を埋葬したい」と伝えますが、

曹操は一切彼の言葉に返事をしませんでした。

そこで彼は再び口を開いて「私は袁譚様から多大な恩を頂戴しており、

彼の遺体を埋葬し終えたならいつ処刑しても結構です」と

袁譚の遺体をどうしても埋葬する強い意志を見せます。

曹操は彼の強固な意志を見たことに気をよくして袁譚の遺体を王修へ渡してやることにします。

王修は袁譚の遺体を引き取ると手厚く彼を埋葬したそうです。

 

関連記事:董卓の毒牙から袁紹を陰ながら助けた名士達に痺れる!

関連記事:袁紹が死んでも息子たちが協力していれば曹操を倒せたの?

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

王修は袁尚における審配のような忠臣と言っていいのではないのでしょうか。

彼が少ない軍勢でありながら君主を救援しに行く姿はまさに忠臣と言えるでしょう。

しかし仕える君主がポンコツ過ぎたため、

彼のまっとうな意見も採用されることなく滅びてしまいます。

もし彼の意見を袁譚が採用して袁尚と仲直りするよう努力していれば、

歴史は変わることになります。

そして袁譚と袁尚が仲直りをした場合、

曹操の河北統一事業はかなりの時間を要していたのではないのでしょうか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志2 今鷹真・井波律子著など

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【河北の覇者】袁紹は光武帝を真似た戦略を採用したから滅びた!

関連記事:【そもそも論】どうして袁紹や袁術には力があったの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 顔斐(がんひ)とはどんな人?まるで三国時代の都民ファースト!民衆…
  2. 李通(りつう)とはどんな人?義侠心に溢れた魏の知られざる勇将
  3. 徳川三傑の一人・井伊直政(いいなおまさ)ってどんな人?
  4. 前漢の景帝の尊厳を保たせるために行った領地削減政策は裏目になった…
  5. 【春秋戦国時代の名言】俺は卑怯な真似はしない by 宋襄の仁
  6. 晴信の仲介によって停戦と最強の三者同盟成立と運命の戦い
  7. 陳宮(ちんきゅう)ってどんな人?溢れんばかりの才能を備えた知略家…
  8. 【後漢王朝はこうしてダメになった】外戚VS宦官の争いってどうして…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【閲覧注意】寄生虫が原因の症状が怖すぎる!寄生虫で死んだ陳登(ちんとう)はじさん臨終図巻
  2. 義兄弟・張苞と関興はどこまでが三国志演義の創作なの?
  3. 【曹操の妨害工作】呂布と袁術の同盟を曹操は恐れていた!
  4. 15話:神をも畏れぬ暴虐非道後漢をブッ壊した独裁者・菫卓
  5. まだまだいた三国志の名外交官たち5選
  6. 【趙の名宰相・藺相如の名言】長平の戦いの時に王に発した名言とは

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" “広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

司馬朗(しばろう)とはどんな人?司馬懿でさえ頭が上がらない偉大な兄の生涯 【優劣対決】戦国武将小早川秀秋 VS 蜀の二代目皇帝劉禅一体どちらが優れていたのか。PART1 【投げたらあかん!】阿斗を趙雲がキャッチする三国志ドラマがある 【はじさん書評倶楽部】堀江貴文「多動力」を読む 石川克世って、何者? なんで三国志の時代には封禅の儀式が行われなかったの? 2分で分かる合肥の戦い その2 孫権の度胸の良さとは!? 丁原(ていげん)とはどんな人?天下無双の豪傑でもあり呂布パパ

おすすめ記事

  1. 張松(ちょうしょう)の裏切りがなければ劉備の蜀制圧は不可能だった?
  2. 【俺たちだって五虎将だ!】魏の五虎将たち~楽進・于禁篇~
  3. 17話:結構頭脳派?少数の手勢を何倍にも見せた菫卓
  4. 「英傑ランキング」上位100名の中に選ばれた8人で争われる「公式頂上リーグ選抜決定戦 ~小暑の陣~」開催
  5. 【西郷どん】おゆうとはどんな人?大久保一蔵(利通)を支えた愛人
  6. 超爽快シミュレーションRPG「三国志CROSS」の後半イベント『帝ちんの宝貝ザクザク祭』がスタート
  7. キングダム539話 ネタバレ予想「亜花錦は飛信隊と合流する?」
  8. 中国だけじゃない? 世界の三国時代・古代琉球・朝鮮半島・ブリテン諸島などを紹介

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP