【もう一つの三国志】司馬師暗殺計画の裏側


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司馬師の父である司馬懿(しばい)は曹爽(そうそう)と権力争いを行い、

政敵であった曹爽一派を誅殺。

曹爽一派を除いた司馬懿は魏王朝で絶大な権力を手にすることになるのですが、

病にかかってなくなってしまいます。

司馬懿は自らの息子である司馬師(しばし)に跡を引き継がせます。

司馬懿によって滅ぼされた曹爽一派ですが、

彼に関係していた人物達が全て滅ぼされたわけではありません。

彼ら曹爽一派に加担していた人物が、

司馬家に滅ぼされる前に司馬師を暗殺しようと企みます。

今回はあまり知られない

三国志マイナー事件簿:司馬師暗殺計画をご紹介したいと思います。

 

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司馬師暗殺計画が動き出す

 

李豊(りほう)は曹爽に加担したことがありましたが、

曹爽一派が司馬懿との政争に敗北して彼らが処断された後、

司馬師に近づくことができたため彼の幕僚に加えられておりました。

そんな彼ですが過去曹爽一派と関係したことが原因で、

いつ司馬家に粛清されるか不安になっておりました。

そこで彼は息子である李韜(りとう)にこの不安を打ち明けるとともに

「司馬師に不満を抱いている人物はいっぱいいる。

夏侯玄(かこうげん)張緝(ちょうしゅう)らも司馬師に不満を持っている。

そこで夏侯玄を大将軍として司馬師一派を除いてしまおうと思うのだがどうであろう。」と

相談します。

李韜は父の意見に賛成。

李豊は息子が賛成してくれた為「まずは仲間集めからしなくてはならないな。

まず張緝の元に言って仲間になってくれるかどうか聞いてみてくれ」と李韜に張緝の元へ

行くように伝えます。


張緝を仲間に加える

 

李韜は張緝の元に行くと二人きりにしてもらい司馬師を除く計画を打ち明けます。

すると張緝は「うむ。俺も司馬師にいつ消されるかわからないからな。

その計画に参加することにしよう。

やるからには必ず勝たねば、一族郎党全滅することになるからな。」と李豊の計画に賛同。

こうして一人目の仲間を加えることに成功します。

 

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宦官を味方に付ける

 

李豊は李韜から張緝が計画に参加することを承諾してくれたことをきっかけに行動を開始。

彼は魏の皇帝に仕えている宦官へ

「司馬師暗殺を決行する。お前らは当然俺の仲間に加わるよな」と凄みを聞かせて説得。

すると彼らは「もちろんです」と脅迫に屈して李豊の仲間になります。

李豊は彼らへ「今度貴人が任命された時に宮殿を防衛する軍勢が宮門に駐屯するはずだ。

君達は陛下が外に出てきた際に司馬師討伐の号令をするように進言しろ。

そうすれば我らは宮門の兵を率いて司馬師を殺害する事ができる」と述べます。

しかし宦官達は李豊へ「陛下が司馬師討伐に難色を示されたら、

いかがすればいいでしょう」と質問します。

すると李豊は「陛下を脅して司馬師討伐を行うように宣言させろ」と答えます。

李豊の答えを聞いた宦官は「承知しました」と言って李豊と別れることになります。

こうして李豊達が考えた司馬師暗殺計画は着実に進行していき、

ついに暗殺決行の日を迎えることになります。

 

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仲間が多すぎてバレてしまう

 

李豊の計画はここまで完璧でしたが司馬師に暗殺計画がバレてしまいます。

司馬師暗殺計画がバレた原因は不明ですが、

レンの予想では李豊が仲間を集めすぎていたのが原因ではないかと推測します。

李豊と誰かが二人きりで話していたとしても、

防音技術などはまだないため司馬師暗殺計画を誰かが聞いている可能性は、

ゼロではありません。

司馬師は李豊の暗殺計画を知ると彼を呼びつけて彼を厳しく糾弾して、

殺害してしまいます。

この計画に関与していた張緝・李韜、夏侯玄らは皆殺害されてしまい、

司馬師暗殺計画は実行に移る前におじゃんになってしまうのでした。


  

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

李豊の暗殺計画の仲間であった夏侯玄は李韜からこの計画を知らされることになりますが、

彼はあまり司馬師暗殺計画に興味を持たなかったようです。

夏侯玄を大将軍にする計画であったにも関わらず彼は何で興味を持たなかったのでしょう。

これもレンの勝手な予想ですが、

夏侯玄はこの計画が成功しないと考えていたのではないのでしょうか。

証拠となる物が示せないですが、

レンの推測としてもし夏侯玄が司馬師暗殺計画が成功すると思っているのであれば、

李韜が計画を打ち明けた時に積極的に参加しているのではないのでしょうか。

成功する可能性がほとんどないため彼は積極的に参加しなかったと推測するのですが、

皆様はどのように思いますか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書2 今鷹真・井波律子著など

 

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