よかミカンの三国志入門
濡須口の戦い




はじめての三国志

menu

はじめての変

どうすれば蜀の二代目過保護な劉禅をしっかり教育できたの?

この記事の所要時間: 227




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・教育改革」のコーナーです。

 

 

2020年の大学入試システムの変更にともない

小・中・高校の教育も大きく変わってきています。

ICTを取り入れているのはもはや当たり前の時代です。

インターネットやタブレットを使いこなすだけではありません。

知識をどう使い、どう表現するのか、

集団で問題を解決する手法などが問われる世の中になってきています。

「アクティブラーニング」というものですね。

グローバルな舞台で活躍できる人材の育成はとてもたいへんだということです。

 

 

蜀の二代目皇帝・劉禅もこういった教育を受けていれば、

もう少しまともな政治やリーダーとしての自覚ができたのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:蜀の二代目皇帝・劉禅とケンシロウの共通点




全部任せっきりのお飾り皇帝

 

劉禅といえば蜀の滅亡を早めた暗愚な皇帝として有名です。

皇帝でありながら何かを決断したということがほとんど記録されていません。

この乱世にあって、何もしていなかったのではないかとすら思ってしまいます。

 

初代皇帝の劉備が死去したのが223年。

魏に降伏して滅亡したのが263年です。

大国・魏の脅威を隣り合わせにしながら40年間も蜀を存続させたわけですから、

誰かが強力なリーダーシップを発揮していたのは間違いありません。

 

 

ここで注目されるのが丞相である「諸葛亮孔明」の存在です。

三国志演義では、成都に戻った諸葛亮孔明が劉禅の酒に溺れて肥えた体を見て、

教育係の蒋琬費禕を叱ったそうです。

諸葛亮孔明が直接注意できないのであれば、

蒋琬費禕に厳しい教育などできようはずがありません。

 

そもそも諸葛亮孔明が何でもできてしまうので、

政治面で劉禅がいる必要性がなかったというのが劉禅を堕落させてしまった原因だと思われます。

劉禅は蜀漢の象徴的存在であり、

実務においてまったく期待されていないお飾り皇帝だったのです。




戦場に出たことがない劉禅

 

日本でイメージすると豊臣秀吉の後継者である豊臣秀頼が似た感じかもしれません。

大坂の陣で出陣すれば勝ち目があるにもかかわらず出陣できなかったという経緯があります。

関白が戦争するというのは受け入れられなかったのかもしれません。

 

 

劉禅も出陣した記録がありません。同じような皇帝の身分でいくと、

劉禅とほぼ同じ年の魏の明帝(曹叡)が諸葛亮孔明の北伐に対して長安まで親征しています。

魏の皇帝ですら出陣しているのに、蜀は劉禅に対してかなり過保護です。

 

【奇想天外な夢の共演が実現 はじめての架空戦記

 

諸葛亮孔明の教育に問題があるのか

 

そう考えると諸葛亮孔明の劉禅の教育に問題があったように感じざるを得ません。

自分が死んだ後のことを考えると、

劉禅が立派に自立するように育てるべきだったのです。

諸葛亮孔明は確かに三国志の英雄であり、曹操周瑜に匹敵する天才ですが、

どうも教育だけは苦手だったように思えます。

嫡子の諸葛瞻も画家としての才能は発揮していますが、

政治家としてリーダーシップを発揮したようには見えません。

蜀を衰退させる宦官・黄皓の台頭を許しています。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

結論として諸葛亮孔明が厳しく教育していれば

劉禅はもっと立派な大人になっていたはず!というのが私の見解です。

もっとも「立派な大人=立派な政治家」というわけでもなく、

「立派な政治家=立派な皇帝」というわけでもありませんが・・・。

もしかしたら「過保護な劉禅」でなかったら蜀は40年間も存続できていなかったかもしれません。

これはこれで蜀内のバランスをとるにはちょうどよかったかもしれないからです。

 

 

長坂の戦場で趙雲に命がけで救われたのは何だったんだー!って

三国志ファンはどうしても思ってしまいますよね。

でも無血開城を決断したのは立派なのかな・・・。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志の時代にも可愛い巫女が存在した!?李傕や劉禅もハマった巫女事情

関連記事:またまた発見!劉備の黒歴史、なんと劉禅には生き別れの兄がいた?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 馬騰|北方異民族と戦う西の豪傑達にもっと光をを与えてみた
  2. 蜀漢が滅びたのは張飛達を祀らなかったから?
  3. 三国一のヨイショ男、曹操の部下の褒め方が半端ない
  4. 桃園の誓いがなかったら劉備はどうなっていたの?
  5. 美髯公とは何?ヒゲを見るだけで三国志がわかる!男のシンボル『ヒゲ…
  6. 孟獲(もうかく)はインテリ男子?南蛮征伐は孔明と孟獲のヤラセだっ…
  7. 後継者争いは出来レース?曹丕が皇帝に就くことは生まれる前から決ま…
  8. 十面埋伏の計とはどんな作戦?倉亭の戦いで程昱が発案した最強の伏兵…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 曹丕

おすすめ記事

  1. 徐庶くんはマザコンだった?劉備と孔明を引きあわせた立役者
  2. 仰天!三国志の時代にはナビゲーション技術があった!?
  3. 郭嘉と法正って似ている所あったの?
  4. 陳矯(ちんきょう)とはどんな人?忠誠心と優れた決断力を持っていた魏の文官
  5. 50話:捨てる神あれば、拾う神、劉備、趙雲と再会
  6. 【優劣対決】戦国武将小早川秀秋 VS 蜀の二代目皇帝劉禅一体どちらが優れていたのか。PART1

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【三國志曹操伝 ONLINE 攻略最終回】三国志演義・曹操伝の第二章攻略ポイント 程昱(ていいく)は曹操の軍師となる前は一体何をやっていたの? 朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第11部 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース34記事【2/27〜3/5】 【三顧の礼】均ちゃんの野望ホントは劉備に仕官したかった諸葛均 【新企画】本格三国志小説『三国夢幻演義 龍の少年』5/19(土)配信決定! 王淩(おうりょう)とはどんな人?魏の忠臣として、司馬家の専横を許さなかった知勇兼備の将 出雲の麒麟児・山中鹿之助の青年期に迫る

おすすめ記事

  1. 【織田信長暗殺】本能寺の変の黒幕は長曾我部元親? 燃える本能寺
  2. 孫策、旧勢力に恨まれ無念の死を遂げる
  3. 陳寿は三国志正史で陸遜をどのように評価したの?
  4. キングダム休載スペシャルリアルな秦軍の実態を解説
  5. 豊臣秀頼(とよとみひでより)は本当に豊臣秀吉の息子なの?
  6. 【悲報】泣いて馬謖を斬る!は嘘だった?馬稷の死は敗戦の責任のみでは無かった!?
  7. 武田信玄のおびき寄せに乗った哀れな徳川家康
  8. 【祝】はじめての三国志TVチャンネル登録者5000人突破 はじめての三国志編集長 kawauso

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP