まだ漢王朝で消耗してるの?
朝まで三国志軍師




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

関羽を倒さなかった黄忠に、よかミカンが異議アリ?

この記事の所要時間: 331





 

劉備(りゅうび)が長沙郡(ちょうさぐん)を手に入れようとして攻め寄せた時、

長沙の防衛側の武将として登場した黄忠(こうちゅう)さん。

彼が忠と義の板挟みになってハンパなことをしたために長沙城はすったもんだ。

挙げ句、長沙太守(たいしゅ)の韓玄(かんげん)は部下の魏延(ぎえん)

殺されるはめに。この三国志演義の顛末では韓玄魏延だけが悪者に

なっていますけど、そもそもの原因を作った黄忠さんのあいまいな態度は

あれでよかったんでしょうか……。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:三国志の時代のお茶は、全然人気が無かったってホント?

関連記事:中国人が冷たいビールを飲まないのは三国志の曹操のせいだった!

 




 

三国志演義の問題のシーン

 

黄忠が板挟みになった顛末をふりかえりましょう。

攻撃側の大将の関羽(かんう)と守備側の武将黄忠とが長沙城外で

一騎打ちをしていた時、黄忠の馬がすっころんだために黄忠は落馬、

関羽はその気になればその機に乗じて黄忠を刺し殺してしまうことも

できたのですが、正々堂々の一騎打ちをしたかったようで、

黄忠に馬を交換して出直して来いと言っただけでした。

長沙城に戻った黄忠は、太守(長官)の韓玄から、次は一騎打ちではなく

黄忠の得意な弓矢で関羽を倒すよう指示されます。

(一騎打ちでしくじったんだから、長沙防衛を第一義に考えるなら

次は弓矢でやれという指示は妥当ですな。)

しかし黄忠は、正々堂々の態度で臨んでくれた関羽を飛び道具で

倒すなんて義に反すると考えて、上官に対する忠と関羽に対する義との

板挟みになりました。悩んだ末、次の対戦の場では関羽を矢で射るまね

だけして、ガチには狙わずにお茶を濁しました。

 

その茶番が韓玄に見抜かれて、韓玄は怒って黄忠を処刑しようとし、

黄忠を助けるために魏延が韓玄を殺しました。

(黄忠さんがイイカッコしようとしたために、魏延さんが主殺しの汚名を

着ることになっちまいました。)

まあしゃあない、黄忠はんは悪うない、みいんな韓玄がせっかちで

残忍やったんが悪いんや、と、三国志演義の読者はそう思わされるような

書き方になっています。

 




 

忠と義は同列なの?

 

韓玄への忠と関羽への義の板挟み。それって、板挟みになるようなことかしら。

優先順位って決まってないんでしょうかね。

日本人の感覚からすると、個人として義を通すために主君への忠を

ないがしろにしちゃだめなんじゃないの、と思いますよね。

この感覚は、日本人が忠とか義とかいう言葉を理解するベースに

なっている「朱子学(しゅしがく)」の影響です。

朱子学は、中国が中央集権体制を強化しようとしていた宋(そう)の時代に

できた儒教の一派で、個人的なことをきちんとやることと国家のためのことを

きちんとやることは一致するよ、という考え方です。みんなにこういうふうに

考えといてもらわないと、中央集権体制の強化なんてできないので。

しかし、古来の儒教の考え方はそうじゃなくて、個人的なことをきちんと

やることのほうが優先でした。それが儒教本来の、当たり前の常識。

義を通すことは当たり前、それができなきゃ人でなし、そんな人でなしなら

忠のことまで考える資格ない、という感覚です。

 

【奇想天外な夢の共演が実現 はじめての架空戦記

 

黄忠はあれでいいんです!

 

三国志演義が成立したのは朱子学成立よりも後の時代なのですが、

中国では今でも古来の儒教の感覚のほうが根深いのです。

だから、忠と義を両方大事にしようとした黄忠将軍は真面目だけど、

両立できずに忠のほうがないがしろになっちゃってもまあしゃあない、

という解釈は、中国人としては当たり前なんですね。

もしあそこで忠を優先して関羽を射殺しちゃうような黄忠だったら、

きっとみいんな黄忠ひとでなし、つばペッペ、って感覚だったことでしょう。

黄忠のあのハンパな態度は、中国人ウケを狙うならズバリ大正解なのでした。

 

 

関連記事:【宦官の逆襲】後漢が滅んだのは本当に宦官のせい?悪いのは俺達だけじゃない!!

関連記事:知らないと損をする!孔子に学ぶ健康法が参考になりすぎる!

 

三国志ライター よかミカンの独り言

 

個人的な節義を大切にするという、儒教の伝統的な考え方と、

中央集権体制を目指すお上とのせめぎ合いというのは、大昔からありました。

劉備オヤビンの愛読書の『六鞱(りくとう)』には、国を損なう六種類の

悪党(六賊)のうちの四つ目として、次のようなものを挙げたうえで、

殺すべき時に殺さなければならないとしています。

 

 

士、志を抗(あ)げ節を高くし以て気勢をなし、外、諸侯に交わり、

その主を重んぜざる者あれば、王の威を傷う。

(自分ばっかりエエカッコしてよその名士と交誼を結び

主君をないがしろにする者は主君の権威を損なう)

 

韓玄が黄忠を処断しようとしたのは、こういう発想に基づいたものだったのでしょう。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志の猛将に絡まれちゃった!!貴方ならどうする?身を守る究極の方法を伝授します!

関連記事:黄老思想(こうろうしそう)とは何?アベノミクスの原点は前漢時代にあった!

 

■古代中国の暮らしぶりがよくわかる■

 




 

よかミカン

よかミカン

投稿者の記事一覧

三国志好きが高じて会社を辞めて中国に留学したことのある夢見がちな成人です。

個人のサイトで三国志のおバカ小説を書いております。

三国志小説『ショッケンひにほゆ』
https://3594.fun 

【劉備も関羽も張飛も出てこない! 三国志 蜀の北伐最前線おバカ日記】

好きな歴史人物:
王充(おうじゅう。後漢初期の思想家)
※ はじさんのサイト内検索で王充の記事が出てきます

何か一言:
三国志のお話の世界の広がりは無窮。
日々新しい三国志が生まれています。
ご一緒に三国志の新しい歴史を刻みましょう。

関連記事

  1. 不老不死の妙薬を求めて? 孫権の倭国(日本)遠征計画
  2. 【まさにヤケクソ】最強の防御兵器はウ○チだった!?
  3. 黄蓋は苦肉の策だけではない!レッドクリフでも大活躍した黄蓋の逸話…
  4. 羅貫中はケアレスミスをしていた?三国志時代の紙の価値
  5. もう一人の夏候、夏候淵(かこうえん)はどうして地味なの?
  6. 【はじめての孫子】第4回:兵は勝つことを貴ぶ。久しきを貴ばず
  7. 程昱(ていいく)ってどんな人?気性の荒いおじいちゃん
  8. 【あの人の子孫は今】趙雲の子孫っているの?趙氏(ちょうし)につい…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 村上義清(むらかみよしきよ)とはどんな人?武田家キラーとしてその名を馳せた戦国武将
  2. 【センゴク】羽柴秀吉の播州攻略と上月城救援戦
  3. 馬鹿の語源はキングダムの趙高の実験から生まれた?
  4. 勝負下着の参考に!三国時代の下着ってどんなのだったの?
  5. 三曹七子にも並ぶ女流詩人、蔡文姫の数奇な人生
  6. 許劭(きょしょう)とはどんな人?三国志時代のインフルエンサー

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【シミルボン】びっくり!三国志の時代の役人は役所に五日間缶詰だった? 水攻め、地雷?三国志の中で最強の計略ランキングを三國志ライター黒田レンが発表するよ キングダムに乗り遅れた人必見!!戦国時代をざっくりと紹介しちゃいます! 三国志で複雑なシリア内戦をザックリ解説 関羽はどうして神格化されてメジャーになったの?三国志で唯一、神になった武将 【センゴク】何で将軍・義昭は織田信長の和睦交渉に応じたの?それは信長の幸運と反攻作戦にあった! 【新事実】漢の時代の市場はヤンキーの溜まり場だった! 蜀の名将として名高い黄権も曹丕によるパワハラを受けていた!

おすすめ記事

  1. 孟獲(もうかく)はインテリ男子?南蛮征伐は孔明と孟獲のヤラセだった件
  2. 【九州三国志】『三國志』は中国だけじゃない!日本の三国志事情 Part.3【完】
  3. 【三国志の素朴な疑問】呂布は何歳だったの?
  4. 井伊直虎の許婚はどういう人?おんな城主 直虎をさらに楽しむ!
  5. 【キングダム好き必見】漫画をより面白く読める!始皇帝と秦帝国の秘密をまとめてみました
  6. 兗州人がパッとしない理由は地元群雄が壊滅したからだった
  7. 【曹操孟徳の心に残る名言】姦邪朝に盈ち、善人壅塞せらる
  8. 出雲の麒麟児・山中鹿之助の青年期に迫る

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“邪馬台国"
PAGE TOP